犬は勘定に入れません
コニー・ウィリスの『犬は勘定に入れません』は、とてもたのしい小説だった。二段組みの542頁というのは、それなりに読み応えのあるボリュームなんだろうけど、欲を言えば最低でもこの倍くらいあるともっと嬉しい。(笑)
悠然とこういうオハナシを読んでゆくのは精神衛生上、じつによろしいようで。
前作『ドゥームズデイ・ブック』、これいつごろ読んだんだっけなあ。初版が1995年だから、たぶんその数年後、もう10年くらい昔のことか。あっちのほうは、黒死病で人がばたばたと死に絶えてゆく陰気な物語だが、本書は死んでしまうのは金魚くらいのもので、いたって安全、快適な読書の旅であります。もっとも本書の主人公のほうは、安全はともかく、快適は保証されていないようなのが気の毒ではありますが。
題名を見れば、本書が不朽の名作『ボートの三人男』へのオマージュであること、イギリス文学に多少親しんだ方ならすぐにおわかりになりますが、じっさい主人公たちがドタバタ喜劇を繰り広げるのは、1888年の6月の陽光ふりそそぐテームズ川の河畔や地方都市である。まさにジェローム・K・ジェロームの世界。さらにそこで猛威をふるうのが、上流階級のご夫人連で—
ウォルトンの教会には、鉄の「おしゃべり轡」がある。これは昔、饒舌な女の舌を抑制するために使われたものである。今日では、こういうものは使われなくなった。これはたぶん、鉄が乏しくなり、鉄以外の丈夫な材料はまだ見つかっていないためだろうと思う。
『ボートの三人男』の大好きな一節である。いや、なにもこれ、わたしの意見と言うわけではないのですがね、はい。(笑)
ジーヴスもののファンのみなさんは、アガサ伯母さん、ここにも登場と大喜びされるに違いない。さよう、本書の重要な骨格はあきらかにP.G.ウッドハウスである。『ボートの三人男』も『ドゥームズデイ・ブック』も、必ずしも本書を読む前に読んでおいてね、とは言わないが、ウッドハウスのジーヴスもののどれか一冊は読んでおいた方が、本書は絶対に楽しめます。
あとづけの独りよがりだけど、わたしなんか、今頃になってようやく本書を読んで(つまりウッドハウスを楽しんだ後でという意味だけど)ほんと、正解だったと思っているんだなあ。
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