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2007/12/21

游子夜歌

『詩魔−二十世紀の人間と漢詩』一海知義(藤原書店)から。
法然院に眠る九鬼周造の墓にゲーテの「旅人の夜の歌」からとった一連の和訳が刻まれている。訳者は寸心居士、すなわち西田幾多郎。
(九鬼の墓と墓に刻まれたゲーテの訳詩の写真がこちらのサイトにありました)
一海先生の文章は短いものですが、たいへん面白い。
まずゲーテの詩の原文から。

 Wandrers Nachtlied

 Über allen Gipfeln
 Ist Ruh,
 In allen Wipfeln
 Spürest du
 Kaum einen Hauch;
 Die Vögelein schweigen im Walde.
 Warte nur, balde
 Ruhest du auch.

ドイツ語がだめな方(わたしもそうですが)のために、ネットで検索すると、英訳がいくつか見つかりました。ここではロングフェロー訳を。

 WANDERER’S NIGHT-SONGS

 O'er all the hill-tops
 Is quiet now,
 In all the tree-tops
 Hearest thou
 Hardly a breath;
 The birds are asleep in the trees:
 Wait; soon like these
 Thou too shalt rest.

 (H. W.Longfellow)

さて九鬼の墓に刻まれた西田幾多郎訳とはこういうものです。

 見はるかす山々の頂
 梢には風も動かす
 鳥も鳴かす
 まてしはし
 やかて汝も休はん

濁点をとっていますが、動かず、鳴かず等であります、念のため。

以下、一海先生の文章から、吉川幸次郎の五言絶句による漢詩訳と、銭春綺による漢詩訳を転記、ご紹介します。これがじつによい。

 諸峰夕照在   諸峰 夕照在り
 樹杪無隻籟   樹杪 隻籟無し 
 投林帰鳥尽   林に投じて帰鳥尽き
 物我亦相待   物我 亦た相待たん

 吉川幸次郎
  樹杪:じゅびょう
  隻籟:せきらい

 游子夜歌

 群峰
 一片沈寂、
 樹梢
 微風斂迹。
 林中
 栖鳥緘黙。
 稍待
 你也安息。

 「歌徳詩集」
  銭春綺
  歌徳:ゲーテ

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コメント

Kaum einen Hauch; -

この単語Hauchが先ず引っかかりました。ハウフは発声すると熱い息の出る音です。ですから、初めは梢の中の活きた「気配」と感じました。

しかし、Ist Ruh,の隠された主語は、コンマ以下の二つの事象「さすらい人」と「鳥達」の環境がセミコロンで別けられている静寂と解ります。

すると、これは息を押し殺す「さすらい人」の息遣いとなります。そして、同じように「鳥達」が客観的に並列された後、初めてのピリオドで第一節を終えて、第二節で「まあ待て、そして落ち着け」と自我に働きかけます。

そして再び冒頭に戻ると、その環境が視覚的に一般化されています。

英訳はなんと言っても容易ですが、Hardly a breath;のブレスは上の理由でベストかどうかは私にはなんともいえません。良く知られた詩ですが、このように読み直しました。

投稿: pfaelzerwein | 2007/12/23 04:01

ありがとうございました。
コンマとセミコロンの用法に注意して、何回かこの詩を読み直すと、一読で通り過ぎることでは得られない奥行きがかいま見えるような気がしました。
ドイツ語はさっぱりなんですが、シューベルトの歌曲で聴くと、この詩の音韻や響きや息づかいのようなものが多少は聞き取れます。美しい音、美しい詩ですね。

投稿: かわうそ亭 | 2007/12/23 08:48

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