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2008/01/15

栗木京子『けむり水晶』

『けむり水晶—栗木京子歌集』 (角川書店)を読む。
昨年、迢空賞(第四十一回)、山本健吉文学賞(第七回)、芸術選奨文部科学大臣賞(第五十七回)のトリプルクラウンに輝いた歌集。
栗木さんの歌では第一歌集の『水惑星』の一首

 観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生

を愛唱しているが、同じ世代(栗木さんは1954年10月生まれ)の歌人として、もっとも親しみを感じる歌人のお一人である。短歌誌をぱらぱらと拾い読みするときにも、この方の頁では目をとめてゆっくりと拝見するのがつねだ。本書についても、共感が深い。

本書の中に「いのち還らず」という長歌がある。
長歌という形式は、窪田空穂の「捕虜の死」のように慟哭や憤りをあらわすときに、現代においてもわれわれ日本人につよく訴えかける力があるのは実にふしぎだ。この長歌がやはりこの歌集のハイライトではないかという気がするな。読みながら涙があふれてならぬ。

いのち還らず

平成十六年九月、栃木県小山市で幼い兄弟が無惨に殺される事件が起きた。

長月の 長雨かなし その行方 案じられゐし 四歳の 兄一斗ちやん 三歳の かはゆき弟 隼人ちやん つひに遺体で 見つかりぬ 下野の国 大利根の 流れにそそぐ 思川 その名もあはれ 思川 思うこころの なかなかに 届かざるまま 亡骸は 流れの底に 眠りゐき 弟の身は 中州より また兄の身は 下流より 二日遅れて 見つけられ この世の光に 戻れども 幼きいのちの 灯は点らず ぬばたまの闇 深き闇 永遠なる闇に もの言はず 呑まれゆきたり いたいけな いのち二つを 奪ひしは 子らと同じき 家に住む 父の友人 なりといふ 日々虐待を 兄弟に 加えし男に 連れ去られ 無惨に殺され たりしとは さぞや恐怖に すくみけむ さぞや助けを 求めけむ さぞや怯えて 震へけむ さぞや泣きつつ 叫びけむ 子らの父親 涙して 死にたる子らに 侘ぶれども 子らの祖母また 声詰まらせ 手放せしこと 悔やめども そのかなしみは しんしんと 伝わり来れど きりきりと 胸に迫れど 父親も 祖母も等しく 罪負ふと 思へてならず なにゆゑに 地獄のやうな アパートに 二人の子らを 戻せしか 虐待おそれ 父の背に 子らは貼りつき ゐしといふ 父を慕ひて 父の背に 添ふにはあらず おのが身を 守らむがために 父親を 求めし子らの 絶望を 大人はいかに 知り得るや 知るすべもなし 頭を垂れて ごめんなさいと ただただに われは謝る ばかりなり ごめんなさいと ただただに われは冥福 祈るのみ アキツ飛び交ふ 秋空に 子らのたましひ いつの日か きつと還り来よ すこやかに 朝光となり 夕風となり

反歌

おびえつつまたアパートへ帰る道 子らは見たるか露草や萩
かなしかるふたつのいのち月の夜は食卓の上でピクニックしよう

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