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2008/01/11

武部利男『白楽天詩集』

Hakuraku 図書館で借りた『白楽天詩集』武部利男(六興出版)があまりに素晴らしかったので、どうしても手に入れたくなってネットの「日本の古本屋」で金沢の本屋に注文。翌日に届いたのは、読まれた形跡のない美本でありました。便利な世の中になったもんだ。
1981年の発行だから、さすがに箱には、かすかに時代がついていますが、中身はハトロン紙に包まれ当時の出版社の注文票も頁に挟まれたままの状態。(なお箱の絵は富士正晴です)
わたしの手元に置いておいてもいいのだが、せっかくいい状態の本だったので、父への贈物にしました。

ひとつ前のエントリーで、「詠懐」の訳を紹介したように、この武部訳には漢字が一字たりとも使われていない、全百二十六首すべてカナガキというユニークな訳詩なのですね。
これについては、武部の師でもあった吉川幸次郎の文を引こう。

白楽天という詩人は、不幸な人の友だちであろうとして、誰にでもわかる言葉で詩をつづることに努力した。詩ができあがると。女中のばあやに読んできかせ。意見をもとめたともいう。この武部訳は、原詩のそうした方向を有効に生かすべく、ぜんぶカナガキである。
カナガキの日本語というものは、読みにくいのがふつうなのに、武部君のはふしぎにそうでない。
ふしぎな才能である。白楽天が武部君によって訳されることは、白楽天にとってもたのしいことであろう。

ユニークな訳詞といったが、あるいは人は、いやこういうリズムなら井伏鱒二に「厄除け詩集」があるじゃないかと言われるかもしれない。(あの「訳」詩については、どうやら井伏鱒二のオリジナリティということでもないようですが)
たしかに、わたしも「厄除け詩集」は大好きですが、あれは厳密には漢詩の和訳ではないですよね。漢詩をベースにして、翻案した日本語詩というのが正しいと思う。

これにたいして、本書がすごいのは、全編、ほとんど逐語訳といってもあながち間違いではないような原詩の忠実な翻訳でありつつ、大和言葉と日本語の音律を見事に響かせたまったく瑕のない日本語の詩であること。
わたしは、まず原詩から日本語訳、日本語訳から原詩、と何度も目を行き来させその見事な対応に「ほぉ」と感嘆した。
しかし、もっとわたしが驚いたのは、じつは、そういう漢語と日本語の目の行き来を堪能した後で、今度は純粋に日本語詩として、たとえば「長恨歌」だととか「琵琶行」といった少々長めの漢詩を(漢文読み下し方式では、わたしの力では途中で力つきるが)すらすらと流れるように読めたときの感動である。ああ、これはそういう詩だったのか、とやっと初めてこれらの作品をほんとうに理解できたような思いにとらわれた。

「ながい うらみの うた」の最後の部分、漢詩の方を書かずに武部訳だけを紹介しましょう。たぶん多く方はそらで漢文の読みができるはずですが、それをこんなふうに詠ってみるのも面白いと思っていただけるのではないでしょうか。

しちがつ なぬか ほしまつり
リザンの みやの チョウセイデン
まよなか だれも いない とき
ふたりで そっと ささやいた

てんへ いくなら とりとなり
つばさを つらねて とびたいね
ちじょうに いるなら きと なって
えだ からませて すみたいわ

てんちは ながく ひさしいが
いつかは かならず つきるでしょう
この うらみだけ めんめんと
つきはてるとき ないでしょう

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コメント

先日 「詠懐」”おもいを うたう” のご紹介を読み、心に響く訳だなと思わず書き留めました。この記事を読みながら、あらためてその魅力のわけを教えていただけたようで、お礼を申し上げたくお邪魔しました。
どうしても手に入れたいという思いが、美本というカタチでお手元に届いたなんて、よい新年でしたね。(昨年にすでに入手されていたかもしれませんね)
贈り物にされたとのことで、さらに羨ましさがつのりました。
この詩を書きとめ、すぐに独居の母に詩を書き写した葉書を出しました。
もちろん、その詩の美しさもさることながら、ひねくれ母娘にとっては意地悪く、今おかれた日常の憂さ晴らしに読めなくもない訳のすばらしさがあったからなんです。

投稿: ミラー | 2008/01/12 08:46

おかげさまで幸先のよい年の初めとなりました。
それにしても、居ながらにして欲しい本が探せるのは便利と言えば便利ですが、なんだかあっけないような気もしますね。
お母様にお葉書を出された由、なんだかほのぼのします。

投稿: かわうそ亭 | 2008/01/12 22:10

見ず知らずの者ですが、白楽天の漢詩、うなってしまいましたので一筆。当方、帰国子女のおじさん版なので漢詩は苦手でしたが、この本をご紹介いただいて、親しみがもてるようになりました。
ちなみにこのブログは夏石さんのブログ経由です。彼のブログに、本の装丁などで時々私の名前が出ています。
ところで、投稿されている写真を拝見すると、同じ地域に住んでいるようですね。私は天理市です。

清水国治

投稿: kuniharu shimizu | 2008/01/18 12:54

はじめまして。コメントありがとうございました。
昨年の世界俳句協会大会(WHAC)の写真、興味深く拝見しました。
わたしのほうは奈良と京都の境目あたりに住んでおります。

投稿: かわうそ亭 | 2008/01/18 21:15

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