松岡青蘿という俳人
Kuniharu Shimizuさんに教えていただいた『江戸俳画紀行』磯辺勝(中公新書)はとても面白い。
俳画という切り口で、江戸期の俳人を紹介していくというのは、めずらしいようだが、考えてみると、俳諧というのはもともと画賛などで、絵と一緒に味わうほうが本来だったのかもしれない。
著者は、俳画の収蔵品をもとめて日本各地の文学館や図書館を訪ねたり、俳人ゆかりの寺を探しては掃苔にこれつとめたり、それでいて、江戸期の発句集、評伝や資料などの文献の渉猟もおこたりない。俳号は磯辺まさる、結社は黒田杏子主宰の「藍生(あおい)」だそうだが、こういう人が、さしてでしゃばることもなく、静かにさりげなくいたりするから俳句の世界は油断がならない。(笑)
本書の中で、わたしが注目したのは、松岡青蘿(せいら)の発句についての次のような記述だった。
月の夜は地に影うつる蛍かな
戸口より人影さしぬ秋の暮
蘭の香は薄雪の月の匂ひかな
薄霧に花の香あらんけふの月
苦しみをはなれて動く生海鼠哉
荒波に人魚浮けり寒の月一読、月の句が多いことに気づかれるだろう。辞世の句も月であったが、青蘿は日の光よりも、月光の世界に心を寄せた人のようである。こうした青蘿の句を、かつて詩人の日夏耿之介は、「象徴句風」と呼び、蕪村に次ぎ、暁台と比肩できる俳人であるとした。その後、やはり詩人の中村真一郎が、日夏に共感し、青蘿を「江戸俳人中の最大のサンボリスト」であると言っている。
そして、『青蘿発句集』(玉屑編)から、青蘿自身のこんな言葉を紹介している。
予人に会するごとの夜、此幻術の箱をひらきて、眼前に海山をつくり、厳寒に花を咲かせ炎天に雪を降す。是無幻の幻なり。幻人幻境に対し、幻境もまた幻なり。
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コメント
かわうそ亭さん、こんばんは。
この本には私もとても感銘を受けました。
『俳風三麗花』と『江戸俳画紀行』は、私にとっては非常に意味のあった「平成19年」に読んだ本の中でも、忘れがたいです。
投稿 黒子 | 2008/02/28 21:27
おお、なんたる偶然。ちょうどいま、黒子さんの新装なったブログのほうに書き込みをしたばかりでした。
坂東三津五郎さんの笑っていいともの質問で、若い女性で句会に定期的に出るという人が一人いたという記事。この記事ですぐに連想したのが『俳風三麗花』でした。(笑)
投稿 かわうそ亭 | 2008/02/28 21:34