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2008/02/01

英語が一皮むけそうな本

He is not so busy that he can't go for a walk now and then.

たとえば、いきなりこの短い一文だけが書かれたメモをぽんと渡されて、「ねえねえ、これってどういう意味?」と尋ねられたとします。
一読、すぐに、「ああ、これはね・・・」と答えられる人は、英語がかなりできる方ですね。
ある程度、英語が読める人でも、あくまでそれは外国語にすぎないという人にとっては、ワン・センテンスだけを取り出して、前後の文脈がわからない状態で「翻訳してちょうだい」と頼まれるのは、ちょっと困る。小説などは多少わからない箇所があっても、長丁場ですから、読み進めていくうちにあとから理解できたりするわけですが、そういうことを長々説明しても「なーんだ、英語の本なんか読んでるから、英語がデキルのかと思ってたのに」などと冷ややかな視線を浴びたりして。

ただし、上記のセンテンスくらいなら、一読で意味が正しくとれなくてはだめであります。
え、わたし?いや、あなた、ものにはコンテキストというものがあるのだから、いきなりこれだけ見せられて訳せっていわれても、ごにょ、ごにょ・・・(笑)

行方昭夫先生の英文の読み方に関する本を三冊読んだ。

 『英語の発想がよくわかる表現50』(岩波ジュニア新書)
 『英文の読み方』(岩波新書)
 『実践 英文快読術』(岩波現代文庫)

2008_0201 ある意味で、どれも「打ちのめされる」ような本であります。
いや、嗤われても仕方がないのだが、わたしは英語の読みについては、まあ、そんなにひどくはないだろうと自惚れていたのですね。エンターテインメントの小説はもちろん、ときにはブッカー賞受賞作だって英語で読むことがあるし、まあ、多少、手こずったり途中で意味がたどれなくなるようなことがあっても、それはそれで勢いで読めばかまわないじゃんかと思ってきたのであります。

ところがですね、今回、行方先生の本を読んで、わたしはいかに自分が英語が読めていなかったか思い知らされたのであります。
言ってみれば、わたしは盛り場のストリート・ファイターのようなものでありました。いきがって、無敵の大将のつもりでいたら、たまたまからんだ相手が世界ランキングのプロ・ボクサーだった、てな感じであります。
いや、初心に返ってベンキョーしよう。(笑)

ええと、すこしだけ行方先生のとっておられる立場を紹介しておきます。

岩波新書『英文の読み方』へのコメントとして,数人の英語を教えている方から,「自分はいちいち訳さないで英語のままで理解させるようにしてきた.そのほうが時間の節約にもなると思っていた.しかし,何かの機会に訳させてみたら,浅い理解しかしていないのを発見して愕然としたことが少なくなかった.複雑な英文は日本語に移させてみるべきだと思うようになった」という趣旨の手紙をいただきました.むろん私は同意見です.きちんと読むのが主目的ですが,きちんと読めたか否か,それは日本語に直した場合に,手早く判明するというのが私の見解です.
『実践 英文快読術』p.63

あ、そうだ。
冒頭の英文、蛇足になるかもしれませんが、一応、解説しておきます。これも、『実践 英文快読術』から。(この本にはノエル・カワードの戯曲『私生活』がほぼ丸ごと入っていますから、そういう意味でもすごくお得。きちんと読めなかった方はどうぞお買い求めくださいませ)

He is not so busy that he can't go for a walk now and then.

「彼はとても忙しくないので,時々散歩に行けない」では,何のことやら不明です.not が否定しているのはどの部分かを考えるのが大事です.この訳は so busy だけを否定していると取ったので,混乱したのです.そうではなく,so busy that he can't go for a walk now and then 全体を否定しているのです.それで,まず否定されている部分を「時々散歩に出ることも出来ないほど忙しい」と捉え,これ全体を否定して,最後に「というようなことはない」とすればよいのです.p.46

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コメント

また、お邪魔します。英語の本の読み方についての記事なので、興味をもちました。例として記されている文章は、ダブルネガティブになっているのでややこしいのでしょう。私が作家なら、混乱をさけるため、文章を二つに分けます。つまり:
He can't go for a walk now and then? No, he is not that busy.

投稿: kuniharu shimizu | 2008/02/01 20:21

こんにちわ。
なるほど、そう言いかえていただくとよくわかりますね。英語の否定形というのは、案外、混乱することが多いので、ここをきっちり押さえておくと、読みがくっきりするようです。
まあ、日本語でも二重否定はややこしい。
「これをしも忍ぶべくんば、いずれをか忍ぶべからざらん」とか。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2008/02/01 21:00

この問題はBLOG炎上ものじゃないですか?まあ、冗談ですが、英語教育の場合は関心を持つ層が果てしなく広いですからね。私も構文研究を表に出した教育を受けましたが、最近はそれを脱却した方法をポスト構文主義とか呼ぶらしいです。

しかし上の文章であったら、私はnot soで切ってしまいます。busyであろうがなかろうが、その後ろの複文で対応する話し手の評価が大切ですから。つまり耳をそばだてるもしくは示される話し手の複文内の評価基準に、「行けない訳はないだろ」と主観が滲みますからね。

「ない訳はない」は二重否定ですが、「というようなことはない」よりも日本語言語論理知能が働き易いとは思いませんか?どうでしょう?

そして、busyに戻らないといけない煩わしさや忙しさを省ける。

しかし、禅問答みたいな上の従来型の訳し方では、客観評価にしかなっていないと思うのです。上でご指摘のように、二重に否定したこうした文章を日常に書くもしくは話すとすれば、やはりそれだけの主観が評価に加わるとみるのが良いかと考えました。

それにしても散歩をサボりがちな自分自身のことを言われているような文章で、懲りもせず、ストリート・ファイトをやらかしてしまいました。

投稿: pfaelzerwein | 2008/02/02 03:01

はは、おどかしっこなしで。(笑)
でもたしかに英語教育については、わたしもけっこう熱心に記事を読む傾向があるような気がします。

投稿: かわうそ亭 | 2008/02/02 22:42

また、おじゃまです。
英語の本は寝る前にほぼ毎日読んでます。ここしばらくはピューリツアー賞やブッカー賞を獲得した作品にしぼって読んでます。英国ではKazuo Ishiguroの作品はほとんど読みました。昨年ノーベル文学賞を受賞したDoris Lessingの処女作The Grass is Singingも。
最近の米国での流行は移民系の作家の作品ですね。インド、トルコ、アフガニスタン、中国、韓国、などの一世、または二世の作家の作品がおもしろいです。日系だけでなく米国は他民族がその新天地に赴き、人生を再スタートします。その同化の過程が民族によって異なるところが勉強になります。インド系のJhumpa Lahiriの短編集やthe namesake, アフガニスタン出身のKhaled Hosseini(The Kite Runnerは泣きました)などです。
海外の作家の作品にふれることで、日本や日本人が経験しえない部分の世界をのぞくことができます。これがなんとも魅力的です。

投稿: kuniharu shimizu | 2008/02/03 20:35

わたしの場合、そんなにたくさんはないのですが、英米の文学賞を取ったアジア系の作家で言うと、カズオ・イシグロ(The Remains of the Day)、マイケル・オンダーチェ(The English Patient)、ヤン・マーテル( Life Of Pi)、ハ・ジン(Waiting)などを英語で読んでいます。おっしゃるように、それぞれ文化的、歴史的な背景が異なる作家の操る言葉は面白いですね。例外もあるのでしょうが、総じて英米語圏以外の作家の英語は割と読みやすいような気がします。エイミ・タンなんかもそんな感じですね。
いまはイアン・マキューアンの短いノベルに取りかかっています。これはまた、英国の正統的な英語で手こずっています。(笑)
アフガニスタン出身のKhaled Hosseinはちょっと興味がわきました。

投稿: かわうそ亭 | 2008/02/03 21:36

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