あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか
『あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか』辻桃子(新潮社)を読む。
うるせえ、ほっといてくれ、てな題名ですが(笑)、具体的なアドヴァイスは参考になりますな。
たとえば、次のような添削。
夏の月苔に染まりし石畳 和田雄剛
夏の煌々とした月に照らされて苔の石畳がありありと見える。ただ残念なのは、「苔に染まりし」である。「苔の緑に染まり」ということを省略したつもりだろうが、これでは省略しすぎ。また苔の緑をあえて強調すると、月光に対してポイントが二つになってまとまりがつかなくなる。この句の場合は「夏の涼やかな月が、苔むした石畳を照らしている」ということだけでよい。一句のポイントは一つに決めよう。
→夏の月苔びつしりと石畳
凍蝶や廊下の隅の電話室 田代草猫
「や」で大きく切ると、凍蝶がどこにいるのかわからない。電話をかけている人が凍蝶のようにも読める。電話室の中で凍えて死んだ蝶を見つけたとすればリアル。
→蝶凍つる廊下の隅の電話室
どこまでも現実の「蝶」として写生すると、これが限りなく「幻想の蝶」に近づいてゆく。
大時化の海見に行かむ耳袋 山野むかご
これから「行かむ」でなく。「もう来た」とすれば。大時化の海が想像ではなく現実になる。
→大時化の海見に来たり耳袋
「あとがき」に1987年、四十二歳のときに始めた結社「童子」も20年を超えたとして後継者問題についての言及があるのが注目される。
しかし、結社の主宰や代表も、毎月何千句も選び続けて二十年、三十年たつと、高齢化し疲れが出てくる。結社を辞めたり、後継者に引き継いだりする時期に直面する。そうなったらどうするか、と私も考えてみることがある。私が始めた会なのだから、一代限りできっぱりと辞めてしまうのもよい。だが、遺された会員たちは行くところを失ったり、ちりづりに別れたりするのを悲しみ、これまで通り精進し合う場、今まで続けてきた方針を引き継ぎ、指導してくれる人を求めるのではないか。多くの結社や同人誌が、弟子や近親者によって引き継がれてゆくのは、自然のことなのだ。
引き継ぐのが子供なら世襲だが、世襲というだけで拒否すべきではない。誰が引き継ぐかは、そこに集まった人たちの意思に任されるべきなのだ。仮に主宰にふさわしくない後継者なら、弟子であれ子であれ、長く連衆がついてゆくはずはない。
正論で、とくに異論もない。
ただし、本書のなかで明らかにされているが、如月真菜が辻桃子の娘であることを念頭におくと、多少、微妙な感慨も憶える。
このことは、本書ではじめて知ったことだが、ああ、それで、という腑に落ちることもあった。
まあ、わたしにはなんの関係もないことだから、どうでもいいのだけれど。
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