をぐさをとをぐさすけをと
前回に引き続いて中村草田男の話。
この草田男というのはじつにいい名前ですね。
よく知られたエピソードですが、この方、どうも実社会での立身出世なんてのにはあんまり向かない性格だったようで、親戚から、お前はなんとも「くさった男」だと罵倒され、そうかも知れんがおれのようなのは「そう出ん男」だぞ、というので草田男をそのまま俳号にしてしまった、ということになっています。なんだか、安っぽい地口、駄洒落のような感じ。
ところがですねえ、今回これ調べてみたんですけれど、ご本人が同じ説明をしている文章をわたしはまだ見つけておりません。まあ、どこかにはあるんでしょうけど。
では、当人、この名前についてどんなことを言っておられるかというと、これはかなり後年のことになりますが、1971年にテイチクレコードに吹き込まれた録音というのがあるようです。わたしはその録音のほうは聞いておりませんが、みすず書房の全集第6巻に「自誦自解」として出ています。文体は話し言葉風になっていますので、たぶんテープ起こしのようなものではないかと思われる。
それによれば、この草田男というのは、じつは万葉集からとったのです、てな話になっていて「くさった男」だの「そうでん男」だのいうような話は一切出てきません。このころになると、この世間に流布したしょうもない逸話が、いいかげんいやになっておられたのかも知れん。(笑)
この万葉集の歌、草田男全集の表記に従うと次のようになります。
をぐさをとをぐさすけをと塩舟の並べてみればをぐさ勝ちめり
「をぐさを」っていうのは小さな草の男などと書いたりして、それで―ちょっととぼけたような名前があります。あんまり―もっともらしくない名前、それでちょっと気軽のような朗らかなような名前と思って、草田男っていう名前を付けたわけです。で中村っていうのがどこにでもある平凡な村、そこの草田男といえば田圃を草だらけにしているその―怠け者の百姓みたいな感じでこれも面白いだろうというようなことで付けたわけです。
さて、万葉集にくわしい方は、「ああ、あれね」てなもんでしょうが、読めないし、意味わかりませんよね、この歌。(笑)
仕方がないから、調べました。―ということで次回につづく。
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