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2008/06/03

山中智恵子と古事記

行きて負ふかなしみぞここ鳥髪に
雪降るさらば明日も降りなむ

山中智恵子の出世作『みずかありなむ』(ちなみにこれ「見ずかありなむ」でございます)の冒頭の一首。学生時代の永田和宏氏がこの歌集をノートに書き写した話を先日書いた。
この鳥髪(とりがみ)という言葉がわからなくても、響きの美しさだけで十分にこころに残る歌だし、たとえば青鷺の後頭部で風にそよぐ長い毛のようなものをここで思い浮かべて、そこに降る雪の情景をイメージしてもべつに悪いわけではない。
ただし、これは地名であることは、歌をじっくり読めば察しがつくでありましょう。

かれ避追(やら)はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地(ところ)に降りましき。この時、箸その河より流れ下りましき。ここに須佐之男命、人その河上にありと以為(おも)ほして、尋ね覓(ま)ぎ上り往きたまへば、老夫(おきな)と老女(おみな)と二人ありて、童女(をとめ)を中に置きて泣けり。
『古事記全訳注』次田真幸(講談社学術文庫)

スサノヲとクシナダ姫の出会い、そしてヤマタの大蛇退治の箇所でありますね。
山中智恵子の最晩年の作、未刊の「青扇」のなかにも鳥髪は二首出てきます。

須佐之男の鳥髪の死を知らざれば
鳥髪の地を神の山といふ

須佐之男はアンドロギュノス母恋ひの
旅を歩みて鳥髪に死す 鳥髪は海

古事記はまったくぜんぜん詳しくありませんが、イザナギが黄泉の国で汚れた自分の体を洗っていろんな神をぼこぼこつくったあとで、左目を洗ってアマテラス、右目を洗ってツクヨミ、最後に鼻を洗ってスサノヲを生んだのでありましたね。母恋いのスサノヲは本来は海原を統べるべき神であった。山中智恵子の『みずかありなむ』を通して読むと、古事記や日本書紀の世界に関心が向かう。

荒ぶる魂としてのスサノヲの「行きて負うかなしみ」あるいは「生きて負うかなしみ」に共感を寄せたのは、まず60年安保に深い挫折を味わった人々であり、やがてそれから数年を経た68年の学園紛争世代であったということになるのでしょう。

山中智恵子の古典知識、その博捜ぶりはいろんな人の語るところでありますけれども、この鳥髪に見られるように古事記もひとつの典拠、あるいはイメージの源泉になっているようです。ところで、おもしろいことに、山中智恵子の血統にはこの古事記につながるある古い因縁があった。
(つづく)

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コメント

山中さんの作品はまったく読んだことがなかったので、かわうそ亭さんの文ともども深く沁み入ってきました。
いつものことながら、有り難うございます。

投稿: かぐら川 | 2008/06/04 01:26

おはようございます。
こちらこそ、声をかけていただいてうれしいです。
この歌集には編者である罵詈山房主人(村上一郎)の「編者跋」という擬古文がついておりまして、これも見所のひとつなんですが、そのなかに歌集の題についてこのような記述があります。
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集の名はつきの唱よりとりつ。
 秋の日の高額、染野、くれぐれとみちほそりたり
 見すかなりなむ
なりなむとこそ止めたまひしを、ありなむといひかへしは、これひとへにおのれか恣意にして作者のゆるしを乞ふや切なり。はしめつころ集を高額染野と名つけはやなそ思ひし折もあれ、こは固有名詞にや然らさるかすらたに計られす。なほ念ふにによにんの集なり、たをたをと文字ひきあててみはやと、あなたこなたあくねてかかるわさをはなしはてつ。ひとひとわらひなたまひそ。

投稿: かわうそ亭 | 2008/06/04 08:44

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