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2008/07/07

古代史ノート(2)

さて、ここで中大兄(天智)と大海人(天武)の后たちと子供たちの話を頭にいれておかなければこれからの話が進まない。(めんどくさいのでこれ以降は天武、天智で通します)しかし、これがけっこうややこしい。わたしがこのノートをつくっているのも自分できちんと整理しておきたいからなんですが、本に出ている系図を見てもどうもわかりにくいんですね。いっそ自分でつくってみようと思ったのですけれど、試行錯誤した結果、これは三次元で描画するのがもっともいいという結論になりました。室内装飾のモビールというぶら下げ式の「やじろべえ」がありますね、あれだと思ってご覧ください。我ながらなかなかの力作ですよ。(笑)

20080707e ただし、これは系図のごくごく一部であります。たとえば天武さんは天智さんの皇女であるこの系図のお二人のほかにも八人の公式の后をお持ちで、皇子が十人、皇女が七人でありました。全部描くとなにがなんだかわからなくなるので、簡略にしているわけです。
では以下は系図をクリックして拡大表示して横に置き、照らし合わせてお読みください。

天智は蘇我倉山田石川麻呂の娘を二人娶っています。姉の遠智娘(おちのいらつめ)との間にできたのが大田皇女と鸕野讚良(うののさらら)皇女(のちの持統天皇。以後持統と呼ぶ)。妹の姪娘(めいのいらつめ)との間にできたのが阿陪皇女(のちの元明天皇。以後同じ)と御名部皇女(系図では省略)。
でもって、この大田皇女と持統のお二人は天武の后になります。叔父と姪との結婚ですね。この時代にはまあこういうことはべつに禁忌ではなかった。タブーだったのは、母親を同じくする兄弟姉妹の関係で、有名なところでは允恭天皇(第19代)の皇太子であった木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)と軽大娘(かるのおおいらつめ)の悲恋なんかがよく知られておりますね。

大田皇女と持統は大田がお姉さん、持統が妹です。
はなしは百済救援のための朝廷ごとの軍事行動の時点にもどります。この出兵で自ら船団を率いた斉明女帝はこのとき六十八歳でした。661年正月6日出航。
三日後の正月8日、船団が備前大伯海にあったときに大田皇女が女児を出産。土地にちなんで大伯皇女(おおくのひめみこ)と命名されました。
同年7月24日、斉明天皇は筑前国朝倉宮で亡くなられました。天智が皇太子のまま政務を引き継ぐことになります。
斉明天皇の崩御について、梅原猛がこんなことを書いております。(『飛鳥をめぐる謎』)

斉明帝は、新羅との戦いのために九州遠征中、朝倉宮で死んだが、そのとき「朝倉山の上に鬼有りて大笠を着て喪の儀(よそおい)を臨(のぞ)み視る。衆(ひとびと)皆嗟怪(あやし)ぶ。」と日本書紀にある。大笠は、やはり貴人のかむる笠であろう。この笠をかむった鬼は、誰が化かした鬼か。「扶桑略記」によると、この鬼は蘇我入鹿の化かした鬼であるという。斉明天皇は舒明天皇の皇后で、舒明帝の死後、皇極天皇となったが、入鹿はこの皇極帝の寵幸(ちょうこう)の近臣であったと、「大織冠伝」にある。私は、この美しい未亡人の天皇と、大臣、蘇我蝦夷の息子、青年蘇我入鹿との間に、男女の関係があったとしてもおかしくないと思う。とすれば、中大兄皇子の、あのクーデターは、母の恋人の殺害というハムレット的事件となるが、もしも入鹿が皇極帝の恋人であったとすれば、殺された入鹿の亡霊は、終生、皇極帝、斉明帝の周囲をうろついていたにちがいない。その人との恋によって、自分ばかりか、一家眷族をすべて滅ぼす原因をつくった思い出の女帝の葬儀を、入鹿の亡霊がじっと見守っていたという話は、当時のひとびとに好んで語り伝えられた話であったにちがいない。

なかなか興味深い話です。あるいはそういうことであったかも知れぬ。

662年、持統が筑前の本営で男児を出産、草壁皇子です。
663年、大田皇女がやはり九州で男児を出産、大津皇子です。お姉さんの大伯は備前大伯海からとられたお名前でしたから、おそらく大津皇子は筑前娜大津という地名からとられた名前でしょう。
この年、朝鮮に派兵した日本軍は白村江(はくすきのえ)で大敗、百済は完全にほろび、朝廷はおそらく半島でのすべての権益を失ったと思われます。
これ以降、大和に逃げ帰った天智政権は唐の侵攻におびえることになる。
667年都を大和から近江大津に移したのもそれが原因だといわれますね。この前後に大田皇女が亡くなられたらしい。大伯皇女が七歳、大津皇子が五歳のころであったとされる。

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