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2008/09/30

藤原良経のこと

樋口芳麻呂校注『王朝秀歌選』(岩波文庫)の索引から、藤原良経の項目を引く。

藤原良経(ふじわらのよしつね)〔摂政太政大臣・後京極摂政太政大臣、後京極摂政前太政大臣〕元久三年(一二〇六)没。三十八歳。後法性寺関白太政大臣兼実の二男。
(中略)
建仁二年(一二〇二)摂政、元久元年(一二〇四)従一位太政大臣。中御門摂政・後京極殿と呼ばれ、式部史生秋篠月清・南海漁夫・西洞隠士とも号した。和歌を俊成、漢詩を藤原親経に学び、定家とも主従関係にあって親しく、新古今集に結実する新風和歌を育成する土壌としての役割を果たした。和歌所寄人の筆頭で。新古今集仮名序を草した。
(後略)

 み吉野は山も霞みて白雪の
 ふりにし里に春は来にけり

『新古今集』全二十巻の巻頭は、摂政太政大臣すなわち良経のこの歌からはじまる。
言うまでもなく、その御代の勅撰集の巻頭に据えられることは歌人としての最高の栄誉であるが、この人の場合は、新古今編纂のときにはすでに氏の長者であり、摂政、太政大臣という臣下としての最高位にいたわけで、まあ、時の権力者だからそれで巻頭になってんじゃねえの、と見られがち。
しかし、この良経さんの歌人として実力はなかなかどうして相当のものであるという評価もある。
『新古今和歌集一夕話』*1(新潮社)において百目鬼恭三郎は、この歌人、政治家についてこんな風に書いている。

良経はこのほか、『新古今集』では、仮名序を後鳥羽院に代わって草するという栄誉も与えられている。こちらのほうは、あるいは、政治的な考慮が入っていたかもしれない。が、巻頭歌のほうは、それにつづく八首の立春の歌とくらべてみると、やはりこの歌しかなかったとしかいいようがないのである。つまり、当然の実力であったということだ。とかく良経は、当時の歌壇のパトロン的存在で、後鳥羽院と定家という二人の天才の間をつなぐ人物にすぎなかった、という風にみられがちで、彼の歌才は不当に低く評価されるきらいがある。

良経の歌風は、この巻頭歌に典型的にみられるように、長高体という堂々とした、平明ながらたけたかい味わいがあると後鳥羽院などにも評価されているそうですが(『後鳥羽御口伝』)、百目鬼恭三郎はこの本において、むしろ悲しみに満ちた述懐歌に着目してこの人物のスケッチをしている。

そもそも関白兼実の二男であった良経が九条家の惣領となったのは長男である兄が若くして急死したためであった。良経本人も病弱だったらしいし、死をつねに意識して生きている人間にとっては、人生のかなしみや、人生のはかなさが親しいものであるというのは古今を問わない。たとえ、位人臣をきわめた政治家であってもそれはかわらないだろう。定家の『明月記』には、この良経が夫人の死にあって、にわかに邸から逐電、出家しようとしたが、山崎あたりでつかまり、ようやく思いとどまったという事件のことが書かれているそうであります。

百目鬼が紹介している良経の述懐歌をいくつか。 

厭ふべきおなじ山路にわけきても
花ゆゑ惜しくなるこの世かな

花もみなうき世の色とながむれば
をりあはれなる風の音かな

寂しさや思ひ弱ると月見れば
こころの空ぞ秋深くなる

秋はなほ吹きすぎにけり
風までも心の空にあまるものかは

われながら心のはてを知らぬかな
捨てがたき世のまた厭はしき

おしなべて思ひしのことの数々に
なほ色まさる秋の夕暮

われかくて寝ぬ夜の涯をながむとも
誰かは知らむ有明のころ

再び、百目鬼の文章を引く。

「このつきつめた悲しみは西行の在俗出家めいた遁世にはつゆ感じられない。世にありながら良経はなまじいの出家以上に世を捨てていたのだ」という塚本の評(前掲書)*2は当を得ていよう。が、その良経も中年にさしかかって、ようやく生をまっとうする気になったのか、中御門京極に広壮な邸宅を造営し、曲水の宴を盛大に張ろうとしてしていた矢先、一夜のうちに急死したと、叔父の慈円の『愚管抄』に記されている。建永元年三月七日のことで、良経は三十八歳であった。

*注)

  1. 『新古今和歌集一夕話』の一夕話は「ひとよがたり」と読む。江戸期の国学者尾崎雅嘉の『百人一首一夕話』の叙述の方法にならったものとの説明がある。
  2. 塚本邦雄『藤原俊成・藤原義経』日本詩人選

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コメント

引用した本を、注として明示しているの、その本の出版社も刊年も記載されないのは何故でしょうか?

投稿: Fe | 2014/01/18 18:38

引用した本を、注として明示しているのに、その本の出版社も刊年も記載されないのは何故でしょうか?

投稿: Fe | 2014/01/18 18:42

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