« ボビー・フィッシャーを探して | トップページ | 此のほとり »

2008/09/17

チェスと将棋と探偵と

「チェスってのはどうも性に合わないんだよな」草薙は呟いた。
「また始まった」
「大体、敵からわざわざ奪った駒を使えないってどういうことなんだ。駒は戦利品だろ。使ったっていいじゃないか」
「ゲームの根幹にけちをつけてどうするんだ。それに駒は戦利品じゃない。駒は兵士だ。奪うということは命を取るということだ。死んだ兵士を使うことなんてできないだろ」
「将棋は使えるのにさ」
「将棋を考えた人の柔軟さには敬意を表するよ。あれはおそらく、駒を奪うという行為に敵の兵士を殺すのではなく降伏させる、という意味を込めているんだろうな。だから再利用できるわけだ」
「チェスもそうすりゃいいのにさ」
「寝返りというのは騎士道精神に反するんだろ」

  東野圭吾『容疑者Xの献身』

探偵ガリレオのホームズは物理学者の湯川学、ワトスンは刑事の草薙俊平。テレビではワトソン役は、草薙の後輩の女刑事、内海薫に変更されていましたが、まあ、これはこれで悪くない改変でしょう。
記憶では、湯川の研究室にチェスのセットがあることは、これまで語られていなかったような気がしますね。理詰めの天才湯川ですから、当然強い。

ところで本家のホームズはベーカー街221Bで、ワトスンとチェスをしたことがあったかどうか。
あってもおかしくないような気がしますが、『シャーロック・ホームズ百科事典』(マシュー・バンソン編著/原書房)によりますと、「意外なことに、正典の中にはホームズがチェスをするとは書かれていない」とあります。へえ、そうなんだ。でも、おかしいのは、この記述のあとに、こんなふうに書かれていること。——「そのころ、同じ腕前の相手を探すのは難しかったのだろうか」。
この項目を担当した人の(当然チェスに愛着があったはず)、いかにも無念でならない感じがよく出ておりますね。(笑)

草薙がぼやくように、将棋とチェスは、ルーツはおそらく同じなのだろうが、かなり違ったゲームであります。
チェスが8×8の64マスであるのに対して、将棋は9×9の81マス。駒の種類や動きもやや異なる。ふたりの会話にあるように手駒を使えるか使えないかというのも、大きな違いだ。
盤面から除かれた駒はもう復活しないということは、終盤のゲームは双方のキングと、一つ二つの駒だけが残るというような、見た目にはシンプルな展開になることが多い。キング同士が直接対決するような譜面は将棋の場合はあまりないはずだが、チェスでは別に珍しいものではない。

映画「ボビー・フィッシャーを探して」でも、大会の決勝戦のエンドゲームはまさにこういう盤面になっていて、ジョシュの師匠のパンドルフィーニはテレビ・モニターを見て叫ぶのでした。
「よし、お前の勝ちだ。見えるまで動くな」
この時点で、パンドルフィーニが読んだ手筋は12手詰めでした。なんとまあ。
しかし、プロの世界で、このくらいを読み切るのはまあ当たり前なんでしょう。

ちょっと前に、NHKの番組「トップランナー」で羽生善治と森内俊之のふたりを取り上げたのがあったが、あれはじつに面白かった。
将棋では一方が「負けました」と宣言して、その対局が終了する。羽生にしても森内にしても、「負けました」という言葉を発するときの全身のたたずまいがいかにも男らしい。勝ったときよりも負けたときのたたずまいにひかれるというのは、まあ、これまたわたしの感傷には違いないが、あれはうつくしいものだなと思ったな。
チェスの場合は、自分のキングを倒して負けを宣言する。たいていは無言である。これもまたここにそのプレーヤーの品格があらわれる一瞬でありますね。

自戒。負けて思わず「くそぉ」と叫ぶようでは。(笑)

|

« ボビー・フィッシャーを探して | トップページ | 此のほとり »

c)本の頁から」カテゴリの記事

h)映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

僕も「トップランナー」の「負けました」と言うときの潔さが強く印象に残ってます。勝っても負けてもあいつはすごいと思える相手と戦っていること、同時代にそのような相手に恵まれた幸運をふたりとも強く意識していて「負けました」のくやしさにそんな思いがたくさん上乗せされた静かな言葉に感じます。なんか、うらやましい。かくいう僕も「くっっそう!」の口ですが・笑

投稿: たまき | 2008/09/17 18:30

ははは、どうもです。
でも、よぉく考えたら、あの「負けました」がすごいのは、あのレベルの人が言うからなんだよね。ぼくらがそこだけ真似しても意味がない。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2008/09/17 20:01

確かに。
負けました・笑

投稿: たまき | 2008/09/17 20:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23898/42507221

この記事へのトラックバック一覧です: チェスと将棋と探偵と:

« ボビー・フィッシャーを探して | トップページ | 此のほとり »