抜粋の花束
趣味で集めた本の抜粋から、いまの気分にかなうものを束ねて。
それに、彼は彼女を笑わせることができた—女を笑わせるのはじつに危険だ。女というものは、情熱の次に笑いを重んじるからね。
『アレクサンドリア四重奏Ⅱ バルタザール』
ロレンス・ダレル*
むかしの船頭仲間には一種の習慣がありましてね」と半七老人はここでわたしに説明してくれた。「身投げのあった場合に、それが女ならば引き上げて助けるが、男なら助けない。なぜと云うと、女は気の狭いものだから詰まらないことにも命を捨てようとする。死ぬほどのことでもないのに死のうとするのだから助けてやるが、男の方はそうでない。男が死のうと覚悟するからには、死ぬだけの理窟があるに相違ない。いっそ見殺しにしてやる方が当人の為だ、と、まあこういうわけで、男の身投げは先ず助けないことになっている。それが自然の習慣になって、ほかの水死人を見つけた時にも、女は引き上げて介抱してやるが、男は大抵突き流してしまうのが多い。男こそいい面の皮だが、どうも仕方がありませんよ」
『半七捕物帳』岡本綺堂
「海坊主」*
いかになすべきか。けっして説教はしないことだ。それができる場合には、汚れた者たちを洗ってやることだ。それができる場合には、ぼろをまとっている者たちに衣服を与えることだ。みずから正義と善意を実践することだ。子どもたちの顔を赤らめさせないことだ。下手に彼らの不幸を強調しないことだ。
『プロポ』アラン
「道徳、それは富者たちのためのものだ」
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「老いたしるしなんだ、これも。だれかの役に立つかもしれないと思うと、べらべらしゃべらずにはいられなくなる。使い込んだ猟銃だの、初めて手に入れた野球のミットだの、そういうものを譲ってやりたくなるようなもんだ。きみもいつかそうなる」
『ブルー・アワー』 T.ジェファーソン・パーカー
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「もし月日が何かを持って来るものならばその持って来るものよりも月日がたつのを待つと言った方が本当なのじゃないでしょうか。今こうしていても時間はたって行く。」
「音も立てずにですか、」と内山は言った。「併し時間も歌うことがあるとは知らないでいました。」
「それが歌うならば聞けばいいでしょう、」と主人が言った。「この頃の騒音とは別なものです。それで騒音と歌の違いは歌は聞かないでもすむということかも知れません。」『金沢』吉田健一
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「つねに海を眺めているのがいい。嘘をつけない鏡を見るのと同じことだからな。私は海に見入るようになってから、自分の後ろを気にしなくなった。以前は肩ごしに後ろを振り向いては、癒やされることのない嘆きと無念を痛感していた。過去に阻まれて、新たな人生を味わえずにいた。わかるかね。燃えつきた灰から復活するチャンスをふいにされていたんだよ」
『テロル』ヤスミナ・カドラ
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不正を正しても社会の協調度が増すわけではない。女性解放、人種間の平等、貧困に対する闘いは、さらなる国民の結束をもたらしはしなかった。それどころか、社会正義は不満を倍増させ、不和に油を注いだ。完全な自由のように、完全な正義も社会分裂の原因になるのかもしれない。
文明生活は不完全さを引き受けること、つまりもっている権利を行使し尽くさないことを前提に成り立っている。『安息日の前に』エリック・ホッファー
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人生は時間とともに展開していくが、教訓はその人が必要とするときにやってくる。
『人生は廻る輪のように』エリザベス・キューブラー・ロス
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