しみじみ読むアメリカ文学
『しみじみ読むアメリカ文学/現代文学短編作品集』(松柏社)を読む。
題名がいささか鼻につくが、言わんとするところはわからないでもない。編者の平石貴樹の「はじめに」から—
なぜなら文学はしかつめらしい教訓ではないし、ましてや政治論文ではないからだ。「それぞれの場所で、みんながんばってるんだなあ」と確かめることによって得られる静かなよろこびやなぐさめというものはあって、人はいつもしみじみ文学を読む。
ということで、わかりやすくてしみじみした短編小説(詩も一編あるが)12編を6人の翻訳者が選んで、それそれにごく簡単な解説も付したというアンソロジーである。この訳者による解説が、長さの制約があったのだと思うが、短いのがかえって功を奏し、簡にして要を得たものになっていて、どれもなかなか面白い。
発行元の松柏社というのはわたしにはあまりなじみのない名前だが、英文学の教科書や英語教育関係の書籍をもっぱらあつかう出版社のようだ。訳者はみな大学の先生のようだから、もしかしたら大学の英文学人脈というようなものがベースにあるのかもしれない。そして、こういうアンソロジーの出来不出来というのは、ほんとうにたくさん読んでいる人が、そのなかから自分のお気に入りを、これ絶対面白いよ、という風に編んでくれているかどうかにかかわっているので、その意味では、本書は十分に合格点が出せる。さすがに専門家の目が利いているという感じ。
ただし、このアンソロジーの収録作品、かならずしも全部が全部「わかりやすい」とは言えないかもしれない。正直なところ、ちょっと「うん?」というものもある。まあ、それはそれで、また、どこかこころにひかかって面白いと言えなくもないのだけれど。
覚えとして、収録作のリストを書いておく。印象深かったものにをつけておく。
とくにボールドウィンの「サニーのブルース」はジャズ小説として最高のものだと思う。ル=グウィンとヴォネガットも、こんな作風のものがあったんだな、と意外。これらを知っただけでも本書は値打ちがあったな。
「八〇ヤード独走」 アーウィン・ショー/平石貴樹訳
「立場を守る」 アーシュラ・K・ル=グウィン/畔柳和代訳
「家なき者」 カート・ヴォネガット/舌津智之訳
「大切にする」 アン・ビーティ/橋本安央訳
「二人の聖職者」 リチャード・ボーシュ/本城誠二訳
「中空」 フランク・コンロイ/橋本安央訳
「サニーのブルース」 ジェームズ・ボールドウィン/堀内正規訳
「白いアンブレラ」 ギッシュ・ジェン/平石貴樹訳
「アトランティス そのほか」 マーク・ドウティ/堀内正規訳
「夏の読書」 バーナード・マラマッド/本城誠二訳
「砂漠の聖アントニウス」 ローリー・コルウィン/畔柳和代訳
「最後の記念日」 アースキン・コールドウェル/舌津智之訳
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