« 「倫理的規律と自己否定」田母神問題をめぐって | トップページ | 池田澄子さんの「ふたりの父」 »

2008/11/19

吉岡実の俳句

『吉岡実句集 奴草』(書肆山田)には、高橋睦郎の「一つの読み」という文章が巻頭に、宗田安正による解題が巻末についている。それによれば、吉岡実は、詩を本格的に書き出す以前、俳句、短歌に熱中していた時代があり、現代詩の世界で名をなしたあとも、終世、さまざな句集や歌集に親しみつづけた。「詩・短歌・俳句の三位一体は吉岡の最晩年までつづいていた」(高橋)。

吉岡の二十歳の時の日記、1939年11月11日の条に、「句作にはげむ。いつか句集〈奴草〉を編みたいと思う」とあるが、実際に「奴草」がまとめられたのかどうかは確認されていなかった。ところが吉岡の没後、遺品のなかに自筆詩集「赤鴉」という、これもまた幻とされていた詩集がみつかり、このなかに「奴草」が収められていたという。

この吉岡が句作にはげんでいた二十歳前後の時代は、市井の運座に出たり、友人と句会を開いたりして修行をしたようだが、俳句作品の発表は日野草城の「旗艦」によった。ただし、草城選の「旗艦作品」の投句欄ではなく、神生彩史選の「輪形陣」と、安住敦選の「珊瑚礁」がその発表の場であった。俳号は皚寧吉、のちに本名でも投稿したとのこと。

「奴草」のなかからいくつか抜いてみる。端正ないい句が多い。
時代背景は戦中、作者の年齢は十代の終りころ、ということを頭においてお読みください。

  春雨や人の言葉に嘘多き
  赤貝のひらく昼なり雨遠し
  蛤の砂吐く夜の寝ぐるしき
  ゆく春やあまき切手の舌ざはり
  枯蓮折れてしづめば雨後の月
  飛魚や舟のゆくてに雲の湧く
  赤とんぼ寝小便蒲団干されけり
  草に消ゆ子らの軍歌や夕蛙
  子を負ふて釣する人や秋の雲
  赤とんぼ娼婦の蒲団干してある
  盥から鼠とび出す夜寒かな
  夕燕酒買ひにゆく姉弟
  冬薔薇や鏡にのこる指のあと
  歯磨粉すこしこぼしぬ鳳仙花

|

« 「倫理的規律と自己否定」田母神問題をめぐって | トップページ | 池田澄子さんの「ふたりの父」 »

d)俳句」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23898/43162485

この記事へのトラックバック一覧です: 吉岡実の俳句:

« 「倫理的規律と自己否定」田母神問題をめぐって | トップページ | 池田澄子さんの「ふたりの父」 »