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2008/11/03

死者は死んでいない

死者は死んでいません。私たちが生きている以上、それは十分過ぎるほどはっきりしています。死者たちは思考し、話し、行動します。死者たちは忠告したり、望んだり、賛成したり、非難したりすることが出来ます。すべてそれは本当です。しかし、その声を聞かねばなりません。(中略)
死者たちは生きることを望んでいます。彼らはあなたの裡に生きることを望んでいます。彼らは、私たちの人生が彼らの望んだことを沢山実現していくことを望んでいます。かくして墓の中の死者たちの人生は、私たちに戻ってきます。かくして私たちの思考は、今年の冬を越えて来年の春に、若葉が出るまで喜び勇んで跳びはねます。私は昨日リラの木を見ましたが、葉は今にも落ちるところでした。でも、そこにリラの木の芽が出ているのを見ました。

アラン『初期プロポ集』

仕事の上で迷ったり、むつかしい決断をしたり、部下にその判断を伝えたりするとき、かつてのメンターが、わたし自身と重なっているような感覚で、そこにいるのを感じることが最近よくある。わたしがしゃべったり、表情を変えないように感情を制御したりしているのだが、それは同時に、きっとあの人なら、この場面でこんなふうにしゃべったり、顔に出さずにいる態度に違いない、いや、たしかにそんなことがむかしあったはずだ、というような一種の既視感とでもいうような。

仕事を教えてもらった、というようなことはたいしてなかった。
仕事の話より、むしろ学生時代にどんなことを考えていたのか、とか、いま何を考えているのか、というようなことをもっぱら話していたような気がする。
職業生活のなかでその人が体得した知恵のようなものを、どんなふうに複雑な人間関係の中で生かしているか、それを見ておけというような感じだった。べつにそんなことを言われたわけでもなかったけれど。

もうすぐ、今年もその人の命日がやってくる。死んだ人は年をとらないから、毎年、年の差がなくなる。やがてメンターの年を追い抜くことになるのだろう。

迷ったときは、ねえ、こんなとき、あなたはどうやって乗り越えていましたか、と聞いてみる。
答えはある。わたしと一緒にその人が、そうおれのときもそうした、それでいい、それで行くんだと、言っていることがわたしにはわかる。

その人が若いときから担っていた職責の重さも、課された仕事の量も質も、それらとはまったく比べ物にはならないようなポジションで同年齢に近づこうとしている不肖のプロテジェではあるが、わたしが生きてゆくことは、その人がわたしのなかで、生きてやりたかったことをいっしょにすることになるんだとようやく思えるようになった。
五年前にお別れを言ってから、ずいぶん長い時間がかかった。あいかわらず、君は手がかかるな、とわたしのなかであなたが言った。

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コメント

思い出したことが二つあります。
大学を卒業して就職した時50歳以上も年の離れた上司にとてもかわいがっていただき、誰もいなくなった夕陽の差し込む研究室でいろんなお話を聞かせてもらいました。それはやはりご自身が若い頃どんなことを考えていたかとか今どんなことを考えているかということでした。結婚して職を離れ、遠くに移り住んでも、迷うことがあるとあの人ならどうアドバイスしてくれるだろうかといつも思い、これでいいですよねと問いかけていました。何年かすぎたある日、御子息から「父への年賀状ありがとうございました。」という葉書が届き、思わず声をあげて泣きました。遠い昔の忘れかけていた思い出でした。
もうひとつは、つれあいを亡くした友人の言葉です。
「亡くなったのだから、もういつも私のそばにいるのだと思える。私が生きている限り彼は私の中で生き続ける。人がよく、死んだ人の分も生きて、というけれどあの言葉は本当だと今思う。」

最近、いやな気分になることばかりに押しつぶされそうだったのですが、心静かに思い出にひたり、昔の気持ちを思い出しました。

投稿: mimo | 2008/11/04 00:29

「職業生活のなかでその人が体得した知恵のようなものを、どんなふうに複雑な人間関係の中で生かしているか、それを見ておけ」 -

なるほど、印象的な教えですね。今話題のオバマ候補が父親と十分に話せなかったと言うのを読みますと、こうした教えは意外に父親以外の大切な人から習っていると言うのが色々な人が語るどうも「普通の場合」のようです。

投稿: pfaelzerwein | 2008/11/04 03:54

みなさま
ブログでは私的なことはあまり語らないようにしているのですが、どなたにも同じような想いがおありなのだなあと、なぐさめられました。コメントをいただいて感謝しております。

投稿: かわうそ亭 | 2008/11/04 08:59

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