泡坂妻夫『煙の殺意』
泡坂妻夫のミステリーが好みである。
この人、小説家のほかにも紋章上絵師というちょっと変わった家業をもっていらっしゃる。またその筋では有名な奇術愛好家であり(石田天海賞を受賞している)、ミステリーのなかにも奇術のモチーフがよく登場する。
長編、中編もあるが、どちらかといえば短編にすぐれ、現代物から捕物帳までの作品はどれも独特な雰囲気をもっている。
一口に言うとそれはあえて人工的な世界を築くというスタイルである。
あえて、とここで言ったのは、この作家の腕をもってすれば、いかにもそれらしい人間の実感や情緒を無理なく描くことは容易であるのに(実際、そういう作品もときどき書いている)なぜか破綻すれすれの現実感に乏しい状況をわざとつくって、最後の最後では、このジャンルの条件である合理的な結論に着地してみせるというわざにこだわっているからだ。
もちろん、そういう趣向であるだけに、いつも成功するとは限らない。いや、そりゃないでしょ、というものも多いのだけれど、そういうものもふくめて意外に面白かったりするのでありますね。つまりはそれが個性というものである。シリーズとしては亜愛一郎もの、とか曾我佳城ものをわたしは愛読した。
今回読んだ『煙の殺意』(創元推理文庫)は、1980年代に講談社から、単行本および文庫本として出版されていたのだが、絶版となっていたもののようだ。いかにも典型的な泡坂妻夫ワールドが楽しめるので、この作家の作品見本帖としておすすめでありますね。おそらく、こういうのはうけつけない、という方も多いと思う。松本清張のような世界がミステリーの一方の極にあるとすれば、泡坂妻夫はたぶん、反対の極の作家なのであります。しかしミステリーはもともとこういういかがわしい魅力が本来の持味であった。
しかし、ただいかがわしいだけではない。たとえば、本書の「狐の面」という聞き書き風の作品の一節にはこんな人間の洞察もあったりする。
思うに、心が寛すぎたのでしょうな。感度のよすぎるフィルムと同じで、小さな光にも鋭く感光してしまう。そのため、普通の人のように目を開ければ眩しすぎるわけだ。努めて暗がりを選ぼうとする人生ということが、最近わしにも判るようになった。
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