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2009/01/28

茂吉の性欲

ひと月ばかりかけて『斎藤茂吉歌集』(岩波文庫)をゆっくりと読んだ。
20代半ばから晩年の71歳まで、およそ40年にわたる作歌で茂吉が残した歌集は以下の十七冊。

第一歌集  赤光   24ー32歳
第二歌集  あらたま 32ー36歳
第三歌集  つゆじも 37ー40歳
第四歌集  遠遊   41ー42歳 欧州留学
第五歌集  遍歴   42ー44歳 帰朝
第六歌集  ともしび 44ー47歳 青山脳病院焼失
第七歌集  たかはら 48ー49歳
第八歌集  連山   49歳    満州巡遊
第九歌集  石泉   50ー51歳
第十歌集  白桃   52ー53歳 妻との別居
第十一歌集 暁紅   54ー55歳
第十二歌集 寒雲   56ー58歳
第十三歌集 のぼり路 58ー59歳
第十四歌集 霜    60ー61歳
第十五歌集 小園   62ー65歳 敗戦
第十六歌集 白き山  65ー66歳
第十七歌集 つきかげ 67ー71歳

凡例によれば、茂吉の全作歌は17,907首。
岩波文庫版の歌集はこの中から1688首を選んでいる。選出にあたったのは、山口茂吉、柴生田稔、佐藤佐太郎の三人で、原則として二名以上が採った歌を入れたとある。

斎藤茂吉の歌集は上記のようにきちんと年代順に並んでいるので、短歌による自叙伝というおもむきがある。また、この歌人にはちょっと変わったところ、常人にはないヘンなところがいくつかあるのだけれど、そういうものが、直接、歌の主題になっていたり、独特の調べや音韻の背景になっていたりする。そういう意味では、自叙伝というより、この人物の精神史というのが正確なのだろう。

ヘンなところといえば、たとえば性欲についての歌。本書に収録されている歌でいうと、見落としがあるかもしれないが、三首をあげることができる。

 こぞの年あたりよりわが性欲は淡くなりつつ無くなるらしも 

 たのまれし必要ありて今日一日性欲の書読む遠き世界のごとく

 わが色欲いまだ微かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけり

一首目は『たかはら』48歳のころ。二首目は『寒雲』56歳のころ。三首目は『つきかげ』最晩年の71歳。48歳で淡くなりつつ、というのは、逆にこの人がそれまでは旺盛な性欲に苦しめられてきたことを思わせる。56歳で、遠い世界の如く思うというのは、これはどうなんでしょうね、たぶん、そういっておられるからにはそうだったんでしょう。死ぬ間際、しかし色欲は微かながらまだ残っておるぞ、と言っていますね。これまた、たぶんそういうもんなんでしょうね。ま、これはわたしにはまだ実感がなくてよくわからない。(笑)

斎藤茂吉歌集 (岩波文庫)

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コメント

>斎藤茂吉の歌集は上記のようにきちんと年代順に並んで
>いるので、短歌による自叙伝というおもむきがある。

そうですか?
『あらたま』から『つゆじも』って、どうですか?
おかしいと思いませんか。

投稿: rei | 2009/02/04 02:02

reiさん。おひさしぶりです。
専門的なことについては無知なので、「おかしい」のかどうか、よく知りませんけれども、茂吉の歌集のまとめ方については、中村稔か小池光かがその特有の方法について言及していましたね。
端的に言うと、茂吉の歌集は、その歌を詠んだ年代と、歌集として世に出した年代の間に間隔があまりない場合と、ものすごく開きがある場合とがある。だから、歌集の初版の発表年月順と、本書の編集の第一歌集から第十七歌集の順番はかなり違っています。
「あらたま」と「つゆじも」とは、制作年代の上では連続しているように、岩波文庫版では編集されていますが、この二冊の歌集の間には、ほかの四つの歌集が上梓されています。
せっかくなので、自分用のノートとして表をつくってみました。別だてのエントリーをアップしておきます。
ではまた。

投稿: かわうそ亭 | 2009/02/04 16:46

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