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2009/01/13

宋詩概説

Sung_poetry 『宋詩概説』吉川幸次郎(岩波文庫)は、330頁ほどの手頃なサイズだが、なかなか一日二日で読みきれるような手軽さはない。わたしはほぼ1週間くらい読み上げるのにかかったのだが、前回書いたような宋の歴史を多少頭に入れて読むと、これがじつに面白い。

宋詩といえば、銭鍾書の『宋詩選注』が東洋文庫から4巻で出ていて、以前、拙ブログでも紹介したし、南宋の陸游についても小川環樹や一海知義にからめていくつかの記事を書いた。いずれの著作も渋い味があって楽しめるが、この吉川の『宋詩概説』は、宋詩というものが中国文学の巨大な流れのなかでどのような位置にあり、どのような特徴をもち、またそれがどのような意味をもっていたのかを、一般の読者にもよく理解できるように書かれているように思う。門外漢で、よくわからないが、宋詩について興味をもったときの必読書のひとつなのだろうと思う。

だが、それは本書が一般読者向けの解説書であるという意味かといえば、決してそうではない。それは吉川本人が別のところで、この著作について次のように語っていることからもあきらかだ。

私は旧制度の文学博士であるが、もし新制度の文学博士がもう一度与えられるならば、この書を、学位請求論文として提出したいと、ときどき後進の人にいう。全くの冗談ではない。

吉川が本稿を書き起したのが1960年末、脱稿したのが1962年の10月とのことだから、三年越しの仕事である。年齢でいえば56歳から58歳にあたるわけで、このときにあたって、自分にとっては学位請求論文に等しい、という言葉はやはり重い。
そういう学問的な良心と、一般読者にも道筋が明瞭に見えるような明晰な文体で語るという行為が、ここで理想的なかたちで結びついているのだと思う。

吉川は宋詩の特徴を明らかにするにあたって、唐詩を比較の対象にしている。
欧陽脩、梅尭臣、王安石、蘇軾、黄庭堅といった北宋の詩人、陸游、范成大、楊万里などの南宋の詩人、そのいずれにも共通するのが、唐詩にはあふれるほどあった悲哀の流露を止揚し、不幸のなかにあってもしずかにおのれの人生をうけがい、喜びを見いだそうとするこころの意識的な使い方であるというのが、吉川の見立てのようである。
以下は、筧文生の本書解説にある吉川の別の文章の引用であるが、宋詩と唐詩との違いをこれほど見事に言い得たものはないようだ。

唐詩は酒である。容易に人を興奮させる。しかし二六時中のめない。宋詩は茶である。酒のごとき興奮ではない。しずかな喜びをもたらす。それはまたたとえだけでない。茶をのむ詩は、宋の蘇軾、陸游に至って、はじめて盛んに現れる。唐詩には少ない、宋人も酒をのまなかったわけではもとよりない。しかし茶をのむ量が、唐人より多かったのである。

わたし自身は、これを唐詩を短歌、宋詩を俳句に見立てて、なんとなく納得するところがあったが(笑)、じっさい、宋詩と芭蕉、宋詩と蕪村の比較文学的な研究もおこなわれているのではないかな。宋詩と俳句の相性の良さというのは、おそらくわたしの単なる直感だけではないような気がする。博雅のご指導を待つところであります。

宋詩概説 (岩波文庫)

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コメント

こんにちは。お知らせをちょっと。

今月17日の夕に夏石番矢さんの講演会が開催されます。
大阪のジュンク堂で午後6:30から。詳しくは下記で。

http://banyahaiku.at.webry.info/200812/article_44.html

句集「空飛ぶ法王」の紹介も兼ねています。
この句集には私の俳画が多く含まれていますので私も行きます。

かわうそさんなら、興味があるかと思い、書き込みました。

投稿: 水夫清 | 2009/01/15 12:58

ああ、これ面白そうですねぇ!
17日の土曜日は仕事日なので、梅田にまさにいるのですが、かなしいことに、ここのところ、残業続きで、8時くらいまではぬけられそうにないのです。(泣)残念です。
お知らせ、どうもありがとうございました。

投稿: かわうそ亭 | 2009/01/15 22:58

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