すべからく花は折るべし
柏木如亭の『訳注聯珠詩格』(岩波文庫)から。巻之三にこういう詩があります。
金褸衣曲 杜氏
勧君莫惜金褸衣 君に勧む金褸衣を惜しむこと莫れ
勧君須惜少年時 君に勧む須らく少年の時を惜しむべし
花開堪折直須折 花開きて折るに堪へれば直に須らく折るべし
莫待花残空折枝 花の残するを待ちて空しく枝を折ること莫れ
柏木如亭の訳はつぎのとおり。なかなか味があります。
あなたにお勧め申す 光る糸織物の着物も惜しみたまふな
お勧め申す惜しいと申すは年若のときでござります
花がさいて折かげんならじきに折るがよふございます
すがれになってからむだに枝ばかりを折りたまふな
実際の表記はこれとは異なっております。たとえば、結句をそのまま転記すると次のようになる。カッコ内がルビです。
花残(すがれ)に待(なつ)てから空(むだ)に枝ばかりを莫折(をりたまふな)
杜氏というのは初唐の女で、杜秋娘(としゅうじょう)、金陵(南京)の娼家の娘で十五歳で李錡の妾になり、この詞を唱ったと、これは岩波文庫版の揖斐高の注釈にあります。
なお、これまた同注釈からの孫引きになりますが、佐藤春夫が『車塵集』で、また日夏耿之介が『唐山感情集』で訳詩を試みているそうです。
まず佐藤春夫。
綾にしき何をか惜しむ
惜しめただ若き日を
いざや折れ花よかりせば
ためらはば折りて花なし
つぎは日夏耿之介。
金糸の綾衣は貴い品なれど
惜しむにたりない
少年の時間といふものを
惜しんで下さい
花が咲いて折れるやうなら
折つたがいゝ、
花おちてむなしい枝を
折るに及ばず
美少女にこういう詩を贈られる果報者もあるのかもしれん。うらやましい。(笑)
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