ありふれた意見
「どん底はこんなもんじゃない」
フジテレビのドラマ「ありふれた奇跡」は山田太一のひさしぶりの脚本。
横目で適当に見ていたのだが、最終回で主人公の祖父役の井川比佐志が、こんなことを言う。
戦災孤児で、裸一貫から左官職の親方になった七十代後半の役どころ。
人間はいざとなれば裏切るもんだ、人の善意や温もりなんてものは、極限状態ではあっという間に吹き飛ぶ。そんなふうに覚悟を決めて生きて行くのがいいんだとかれは思っている。それは間違っちゃいない。しかし、とかれは続ける。それはどん底の世の中で自分が体にたたきこまれた知恵だ。裏切られてもいい、人を信じてやってみることの大切さを自分は恐れていただけなんじゃないかと思うんだ、と。
そして、ぽつんとこうつぶやくのだ。
「どん底はこんなもんじゃない」
今年の春闘の経営側の回答について最終的な意思決定をしているのは、どんな世代だろう。60歳、プラスマイナス5歳というところで大過ないと思う。
生まれたのは1950年。60年代に少年時代を送り、70年はじめに企業に入り、以後順風満帆に出世をとげて企業のトップに上りつめた。いま百年に一度の経済危機を口実に、雇用の維持とひきかえだと偉そうな言い草で、賃金の実質的な切り下げをするのが、経営責任だと胸をはる。
未曾有の経済危機を、その言葉のまともな読み方も知らないような総理大臣が口にするのも悲劇だが、ほんとうに百年に一度の危機ならば、あの大東亜戦争と敗戦、占領などよりもいまのほうがもっと深刻なのか。それともいまはこの百年に二度目の危機なのか。それなら危機は三度でも四度でも襲ってくるだろう。
前にも紹介したが、モンテーニュがこんなことを書いている。
川を見たことがない人間は、初めてこれを目にして、大海原ではないかと考えた。われわれは、自分が知っているもののうちで最大のものを、その種類のなかで、自然が作りあげた極限のものだと判断しがちなのである。
現代の意思決定を付託されている経営者たちは、ひとまわりうえの先輩たちに謙虚に教えを乞うべきかもしれない。もしかしたら、こんなことをいわれるだろう。
経済危機をつくっているのは、むしろお前たちだよ。どん底はこんなもんじゃない。
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