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2009/03/17

柏木如亭のこと

柏木如亭(1763ー1819)は小普請方大工棟梁という幕府直属の職人最高位の家に生まれた。早くに両親を失い、十七歳ばかりで家督を継ぐとやがて吉原の遊蕩で家産を失い、職を辞した。
三十二歳で江戸を離れ、後半生を信州、越後、伊勢、京都、備中、讃岐などの旅に明け暮れた。遍歴の詩人と言えば格好はいいが、芭蕉の旅同様、有り体は各地の有力者に詩を教えるという名目で食客となる生き方である。
終焉の地は京都の木屋町であったというから、先斗町の管絃の音が聞こえ、青春時代に華やかな遊里の世界に耽溺した思い出も脳裏をよぎったかも知れない。

戦後の再評価の口火は日夏耿之介とも言われるが、富士川英郎(『江戸後期の詩人たち』)、中村真一郎(『頼山陽とその時代』)で、広く知られるようになった。如亭の本格的研究は揖斐高の『柏木如亭集』を読むべき、とは入谷仙介の『日本漢詩人選集8 柏木如亭』の受け売りだが、ここに覚えとして記しておく。

柏木如亭、名は昶(ちょう)、字は永日、通称門弥、号は柏山人、痩竹とも。市河寛斎の江湖詩社の門下。
信州に滞在した時代に弟子たちに詩を講じた『訳注聯珠詩格』(岩波文庫)は、この人の江戸っ子らしい言語感覚がうかがえるたのしい本だった。

たとえば羅隠の「鸚鵡」という七言絶句。

 莫恨雕籠翠羽残  恨むこと莫れ雕籠(ていろう)翠羽の残
 江南地暖隴西寒  江南は地暖かに隴西は寒し
 勧君不用分明語  君に勧む分明に語ることを用いざれ
 語得分明出転難  語り得て分明ならば出ること転(うたた)難しからん

これを如亭は以下のように訳す。

 けつこうな鳥籠で美しい羽根の残るのを恨みやるな
 江南は土地が暖かで隴西は寒いはさ
 よくきけよはつきりとものを言ふはいらぬものだ
 言ひおほせてよく分かるがさいご出ることはなほなほなるまい

蛇足だが、「勧君」に「よくきけよ」、「分明語」に「はつきりとものをいふ」、「不用」に「いらぬもの」のルビがついているのでありますね。じつにうまいものだ。

如亭自身の詩も紹介しよう。わたしが気に入ったのは「枕上聴雨」。四十二歳のころ、一時的に江戸にもどったころの作だろうとのこと。入谷仙介の見事な解説もあわせて引用したい。

 雨久茅簷百感生
 蕭疎枕上夜三更
 獨行曾作秋蓬客
 滴碎郷心是此聲

 雨久しく茅簷(ぼうえん)に百感生じ
 蕭疎(しょうそ)たる枕上 夜三更
 獨行 曾て作る 秋蓬の客
 郷心を滴碎するは是れ此の聲

雨はいつまでも茅葺き屋根をたたき続け、眠られぬままそれを聞いていると、無数の感慨がわき起こる。蕭疎、孤独な独り寝の枕の上で、いつの間にか真夜中も過ぎてしまった。そこで思い起されるのは、むかし、苫船に乗って秋の一人旅をしたときのこと。故郷を思う心にしたたり落ちて、こなごなにしたのは、たしかこの雨音だったのだ。
「巷に雨の降る如く、わが心にぞ涙降る」(ローダンバッハ、永井荷風訳)。悲しむ人には雨の音はさらに悲しみを深める。漂白の人は、異郷にあって故郷を思い、故郷にあって異郷を思う。安住の地を求めて得られぬ悲哀を、軒打つ雨に聞く。

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» 柏木如亭の最期 [かわうそ亭]
今年の三月に『日本漢詩人選集8 柏木如亭』と『訳注聯珠詩格』をタネ本に「柏木如亭のこと」という記事を書いた。(こちら)そのなかで、戦後における如亭再評価の口火は日夏耿之介だが、富士川英郎と中村真一郎の著作でも広く知られるようになったということを書いた。というわけで、今回はその中村真一郎の『頼山陽とそ... [続きを読む]

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