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2009/03/10

捜査一課の固い石

鍬本實敏(くわもと・みとし)という人物がいる。
『警視庁刑事 私の仕事と人生』(講談社)という著作がある。
高村薫の『マークスの山』、『照柿』、『レディ・ジョーカー』に登場する合田雄一郎のモデルとして知られる。

20090310_2 高村は合田をよく「固い石」にたとえる。「捜査一課二百三十名の中でももっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石」などという表現もある。

高村の小説も抜群の面白さだが、実物(1998年に逝去)が語った刑事の仕事と人生観も、めっぽうやたらに面白い。
なにしろ、捜査一課の叩き上げである。学歴は熊本の尋常高等小学校卒、終戦の年に志願兵で軍に入るがすぐに敗戦、1948年に警視庁の警察学校教習生になれば上京できることを知り、受験合格した。
有楽町駅前の交番勤務から、警視庁捜査一課の見習いに行ってこいと署長に言われて、お茶汲み(ほんとうに朝一番に登庁して宿直室から鍵をもらい火鉢の炭をおこしヤカンのお湯を沸かすのだそうな)からこの人の刑事人生は始まった。

歯に衣着せぬ男の「はじめに」という文章の一部をひこう。

警察ってのは不思議なところで、現場を知らない人がトップに立ち、指揮をとるようになってしまう。そういう人の下で働いても、張り合いがない。ホシを挙げて、打ち上げをやっても、ホシを捕った人間はションボリしていて、偉い連中は二次会とか、料亭か何かでドンチャン騒ぎして、なんだろうか、これはと思いますよ。面白くないですよ。連中におれが飲ませてやってるようなもんだってね。料亭で飲んでもいいけど、現場の人間に見せつけちゃ駄目ですよ。連中の話は、誰がどこで偉くなった、とかそんな話ばっかり。事件の話でなく、出世がどうのだけ。連中から見れば、現場の我々は煙たいだろうしね。尊敬に価する者はいますけど数えるばかり。

はは、これまたどこの世界も同じことですが、そういえば今、話題になっている記憶力に問題がありそうな官房副長官も警察官僚の出世頭でありましたっけ。

この記述からおわかりいただけるように、本書は聞き書きのスタイルになっております。そしてこれが、なかなかよくできていて、なんだか退職刑事の淡々とした昔話を聞いているような味わいがあるのですな。
いろいろ面白いエピソードがあるが、越路吹雪の恋人だったなんてのはなかなか隅に置けない。

捜査一課の固い石、というのはよい言葉であります。
おすすめ。
なお、わたしが読んだのは1996年初版の単行本だが、文庫化されて、解説を高村薫ほかが書いているらしい。(この解説はわたしは未読なので、そのうち立ち読みしなければ(笑))

警視庁刑事―私の仕事と人生 (講談社文庫)

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