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2009/04/07

いれものを毀つ

今日は放哉忌。
東京帝国大学卒の東洋生命保険のエリートが、最期は小豆島の霊場第五十八番札所西光寺奥の院南郷庵(みなんごあん)の寺男としてこの世を去るまでの顛末は、吉屋信子の『底のぬけた柄杓』にくわしい。

その句を好きか嫌いかと問われれば好きと言うにやぶさかではないが、その人生の軌跡をうべなうかと問われれば躊躇なく否と答える。そうなるには、そうなるだけの理由が本人にはあったのだろう。尾崎放哉自身もおのれの弱さに苦しみ、破滅への衝動を厭わしく思っていたのかもしれない。しかし、人間はだれも勝ち続けることができるわけではない。年を経て思うのは、完璧だと自慢におもっていたものに取り返しのつかない瑕が入ったとき、負けを知らなかった自分がはじめて負けを悟ったとき、そういうときにダメージコントロールができるかどうかが人生をわける、ということだ。

咳をしても一人
墓の裏に廻る
足のうら洗えば白くなる
いれものがない両手でうける

こういう放哉の句はもちろんこころを打つけれども、実社会で人さまにめいわくをかけず、できうることならば自分の持っている才能と時間を人のために使うような生き方をすることのほうがよい、とわたしは思う。

 鶯に人は落ちめが大事かな 万太郎

こういう句にはたしかにいささかの俗臭があるかもしれない。放哉の句にはない俗臭である。
だが、凡庸でも市井の知恵はこちらにあって、放哉にはないとわたしは思う。
放哉が死んだのは四十一歳だった。不幸な生涯とひきかえに名を残したことをせめて嘉するべきなのだろう。

 いれものを毀つ定めも放哉忌   獺亭

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