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2009/05/27

THE WHITE TIGER

Whitetig8 Aravind Adigaの『THE WHITE TIGER』を読む。
去年のブッカー賞をとった小説で、作者にとってはデビュー作だそうな。
ま、率直に言って、ブッカー賞とるほどの出来ではないわなと思うのだが、面白い小説であることは間違いない。だいたい、ブッカー賞というのは、一見これはエンターテインメント小説かね、と思うようなものが受賞することがありますな。この小説もその典型で、小説の構造はあっけないくらい単純。全部で7章に分かれるのですが、これがすべてホワイト・タイガーという通り名をもつ主人公が、中国の温家宝首相に宛てた手紙のかたちになっております。

両国の経済協力やなにやかやで、来週インドを視察にやってくる予定の温家宝閣下、どうぞ、ほんとうのインドを知っていただきたくて、このようなお手紙を差し上げます。
どうせ我が国のエリート連中は、この町のガラスの高層マンションだの、ブランド品であふれたショッピングモールだの、グローバル企業のコールセンターだのといったところを案内して、驚異の経済的な変貌を遂げつつあるインドをあなたに印象づけようとするでしょうが、そんなものはほんとうのインドではないのです。この町、バンガロールがエレクロニクスとIT産業のアウトソーシングの世界的な中心であることは事実ですが、これらが輝く光だとすれば、インドにはぞっとするほど深い闇の世界がいまなお存在するのです。そのことを温家宝閣下、わたしは自分の生い立ちと、運転手にして召使いという身分のときにうけた過酷で理不尽な体験、そしてわたしが犯した人殺しの物語でご説明しようと思うのです・・・

というような感じの物語なのでありますね。ただし、上に書いたような文面が実際に手紙に書かれているわけではありません。7章をつかって、こういう趣旨のことがわかるようになっているのであります。念のため。

今世紀中には超大国としてお互いに世界の覇権を争う気満々のインドと中国ですから、この設定は欧米で受けたことは想像にあまりある。なんでえ、中国は共産党の一党独裁国家だし、インドの民主主義なんて、ほとんど悪い冗談みたいな、いかれた社会だぜ。こんな連中が、ほんとうに世界支配に乗り出したら第三帝国の世界支配のほうがまだましじゃねえか、というような感想は、いくつか英語で書かれた書評を読んでも出ては来なかったけれど、わたしのみるところ、このブッカー賞にはそういう悪意が、無意識にせよ含まれておりますな。

なお、この作家の文章は平易でほとんど苦労なしにすらすら読めると思うのだが、ときどきこれは曼荼羅みたいな文体だなあ、なんておかしく思うことがあった。あるいは、こういう文体そのものが、ブッカー賞の評価につながっているという側面もあるかもしれない。
以下はその一例。主人公が、生まれ育った村(主人公にとって愛憎にみちたインドの深い闇そのもの)を、心の中で捨てる場面。このリズムの良さは、全編を通じて変わらない。

I put my foot down on the accelerator and drove right past all of them.
We went through the market square - I took a look at the tea shop: the human spiders were at work at the tables, the rickshaws were arranged in a line at the back, and the cyclist with the poster for the daily pornographic film on the other side of the river had just begun his round.
I drove through the greenery, through the bushes and the trees and the water buffaloes lazing in muddy ponds; past the creepers and the bushes; past the paddy fields; past the coconut palms; past the bananas; past the neems and the banyans; past the wild grass with the faces of the water buffaloes peeping through. A small, half-naked boy was riding a buffalo by the side of the road; when he saw us, he pumped his fists and shouted in joy - and I wanted to shout back at him: Yes, I feel that way too! I'm never going back there!

しかし、皮肉なのはLondon Review of Booksの書評にもあったが、温家宝首相と同様に英語が一言もしゃべれない(と1頁目に書いてある)はずの主人公が、自叙伝めいた告白を、このような歯切れのいい英語で語っていることだ。もちろんヒンディーで書かれてあっては小説が成り立たないわけだし、そこにあんまり意味を探しても不毛だとは思う。それでも、インドと中国が覇権を争うにせよ、ホモセクシャルを公認した欧米が少子化で勢力を失ったあと(と主人公は温家宝に持ちかけるのですね)この両国で世界を分割支配するにせよ、互いの意思表示は、どうやら英語でなければ行えないらしい、というあたりが、なんだか深読みしたくなるところではありますね。(笑)

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コメント

水夫です。なるほど読み易い、それにリズムがあるような。私も英語の本を選ぶときはブッカー賞とピューリッアー賞を受賞したものを目安にしています。カズオ・イシグロもブッカー賞でしたね。
ところで、私も短編を書きました。俳句つきなので俳句小説ということになるでしょうか。「週間俳句」というウエブサイトで今週末(31日)より、数回にわけて掲載してくれることになりました。お時間があればのぞいてみてください。http://weekly-haiku.blogspot.com/

投稿: 水夫清 | 2009/05/28 12:54

おお、それはたのしみですね。
「週刊俳句」はよく見ていますので、この日曜日もかならず拝見いたしましょう。

投稿: かわうそ亭 | 2009/05/28 21:22

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