谷川健一全歌集
『谷川健一全歌集』(春風社)を通読する。ちと重い読後感。
谷川健一は『魔の系譜』、『白鳥伝説』、『うたと日本人』などを読んだ。熱心な読者とは言えないが好きな著述家のひとりだ。弟の詩人谷川雁などとともに水俣の開業医の家に生まれた。
この人については今年の宮中歌会始の召人に選ばれたことを新聞の記事で知った。
水俣は谷川の故郷だから、1998年刊の第3歌集『海境(うなさか)』に「水俣」と題する連作がある。
二首だけ抜いてみる。
かしこきやわがふるさとの海やまに血塗られし手の匂ひは消えず
春の日のうつつにおもふそらまめの花のごとき上村智子
上村智子(かみむら・ともこ)はユージン・スミスの写真で知る人は知るであろう。いまはこの写真は公式には使われない。(こちら)
歌会始の召人は今上が指名すると聞いているが、東宮妃の母方の祖父がチッソ社長の江頭豊であること、そして谷川が上記のような歌を詠んでいることを考えると、なにかぼんやりとおかしな考えも浮かんでくるのだが、まあ、妄想であろう。
『海境』の「あとがき」にはこのようにある。
前歌集の『青水沫』(一九九四年七月刊)を上梓してから四年の歳月が経っているが、その間、日本の状態は悪化し、私の身辺にも不幸があり、本歌集全体にどこか挽歌の雰囲気がただよっている。
その日本への挽歌が、読後の重い気分をさそう。
秋雨に木犀重く匂ふ夜は矢野玄道の歎きをおもふ
木犀の金のかをりの重さにも比へる日本の誇死にたり
日本の誇消ゆる日わが胸の奥処に雪崩とどろきやまず
稲妻と差し違へつつ辛酉の年にかへれと虹に叫びぬ
飛鳥仏ほほゑむ春を繭ごもりひそかにうたふ日本挽歌
日本の命運もはや尽きたるかと問ふがにつくつく法師頻き鳴く
わが庭の青樹を枯らす蝉時雨いまこそ日本挽歌をうたへ
日本のその日ぐらしの夜の果に馬鹿なひぐらしの声聞くは憂し
日本といふ異土にわが死すひぐらしの死骸ころがるそのまた上に
ひとつきのたそがれの酒なさけあり日本の命運しばし忘れむ
大麦の黒穂の芒に刺され死ぬ王のいのちを予言す虹は
黒き虹月呑むときに現はるる世紀の蝕ははや始まれり
さらば祖国睫毛に張りし薄氷のとけざる間に別れを告げむ
さらば祖国真黒き魚のはらわたを踏みゆく日々に別れを告げむ
ローマもまたかく滅びしか冬の日に季節はずれの南風の吹けば
これらの「挽歌」からすでに10年以上がすぎた。
今年の歌会始(題「生」)で谷川健一が詠んだのはこんな歌であった。
陽に染まる飛魚の羽きらきらし海中に春の潮生れて
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