保田與重郎の短歌
ある方が保田與重郎文庫の『木丹木母集』を貸してくださる。自分で探して読もうとすることは今後もまずないと思うので、これもやはり縁であります。
本書は保田の(おそらく)唯一の歌集。
本書の「あとがき」の一部をひく。
この、「木丹木母集」は、昭和改元當時から、昭和四十五年迄の作歌を集めたもので、その殆どは今度初めて印刷に附すものである。(中略)歌に對する私の思ひは、古の人の心をしたひ、なつかしみ、古心にたちかへりたいと願ふものである。方今のものごとのことわりを云ひ、時務を語るために歌をつくるのではない。永劫のなげきに貫かれた歌の世界といふものが、わが今生にもあることを知つたからである。現在の流轉の論理を表現するために、わたしは歌を醜くしたり、傷つけるやうなことはしない。さういう世俗は私と無縁のものである。私は遠い祖先から代々をつたへてきた歌を大切に思ひ、それをいとしいものに感じる。私にとつては、わが歌はさういふ世界と観念のしらべでありたいのである。
わたしは部外者だから気楽なことを言うが、現代の歌壇は、まさに「方今のものごとのことわりを云ひ、時務を語るために歌をつくる」人々とその人々が主宰する結社のものであるようにも思える。だから保田のこの歌集は、今読むとひたすらになつかしく、同時に(皮肉なことに)新鮮で個性的なものに思える。
気に入ったものをいくつか抜く。
押坂の古川岸のねこやなぎぬれてやさしき春の雪かな
さゝなみの志賀の山路の春にまよひ一人ながめし花ざかりかな
山かげを立のぼりゆくゆふ烟わが日の本のくらしなりけり
けふもまたかくてむかしとなりならむわが山河よしづみけるかも
夜もすがら ふゞきし雨の 朝あけて松葉にたまり しづくする音
猪飼野にいさゝ秋風風立てば生きざらめやも生きてありしを
短夜のはやばやしらむ木下闇目にしみてしるきくちなしの花
解説の山川京子によれば「木丹」は梔子、「木母」は梅と教えられたとのこと。解説の結びは次のようになっている。
「くちなし」は若くして亡くなられた三男直日さんの象徴であり、典子夫人の歌集の題名なのです。
| 固定リンク
「e)短歌」カテゴリの記事
- 鉄の爪(2013.01.25)
- 追悼・丸谷才一2(2012.12.10)
- 藪内亮輔さんの短歌(2012.10.30)
- しづかな眸とよい耳(2012.08.17)
- 『遊星の人』多田智満子(2010.04.17)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント