加藤和彦の文体
最近の出来事のなかでわたしにとってちょっと重かったのは加藤和彦の自死だった。
世代的には、兄としては少しはなれすぎているが、叔父さんと呼ぶには近すぎるといった感じの年回りで、たぶんこういう年齢の差が、子どものころにはいちばん影響を受けやすい対象であるのかも知れない。
ただし音楽ということであれば、わたしもごくふつうの人が知っている程度のことしか知らない。フォークル、イムジン河、タイムマシンにお願い、木村カエラ、エトセトラ・・・全部新聞やテレビが伝えていることだ。いまさら、わたしが書くまでもない。
だが、わたしには別の思いがあるのですね。だから、あえて書いておきたい。
じつは加藤和彦という人は、わたしにとっては、作文のお手本として大きな影響を受けた文章家なのであります。
1970年代のフォークブーム全盛期のころ、「guts」という音楽雑誌がありました。フォークギターを単純な循環コード、単純なストロークでジャカジャンとかき鳴らすレベルのギター少年がおそらく読者層の中心であったと思いますが、この雑誌に加藤和彦がしばらくエッセイを連載していたのです。
わたしがいまもこころがけている文章のスタイルは、たぶん、そのころ愛読していた加藤和彦の軽妙で読者サービスを忘れないという文体をいくらかでも真似ようとしているのだと思います。
どんな文体だったのかって?
うーん、たぶん、そのエッセイは本にまとめていないのではないかと思う。いまでは雰囲気しか思い出せないのでありますが、あえていうなら、ナショナル住宅の「家を建てるなら」というCMソングがありましたね。
「家を建てるなら/家を建てるならば/天体観測をする透明な屋根だってほしいのであります」。これ、作曲はもちろん加藤ですが、作詞は松山猛です。加藤和彦のエッセイの雰囲気はこんな感じでしたと言えばいいような気がする。いまから思えば、だからわたしが(記憶で)真似ている加藤和彦風の文体も、ほんとうは松山猛の文体であったのかもしれません。
しかし、いずれにしても、変に深刻ぶってみせたり自虐的になってみせたりするのはみっともないよ、人生にはたのしいことがたくさんあるんだから、軽快なステップでいかなくちゃね、という雰囲気がそこにはあったと思うんだなあ。しかし、どんなに勝ちまくりの人生のように、はたからは見えていたとしても、当人には「悲しくてやりきれない」ということだってあるのが、やはり人生なのかもしれない。
ご冥福を祈ります。
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コメント
同感です。
加藤和彦の何を知っているわけでもないのですが、
同年代に生きた者として、何か少し考え深くなってしまった出来事でした。
だから、同感です。
投稿: Wako | 2009/10/20 08:42
音楽でもうやりたいことがなくなった、というのが、加藤和彦の死を選んだ理由であると伝えられていますね。
人間の能力は年をとると衰えていくわけで、サイエンスや数学の分野でパラダイムシフトを起すような業績を上げられる年代はせいぜい30代だそうです。音楽の世界もたぶん同じなんでしょうね。年寄りがアイデアや感覚で若い人と競うのは限界があると思います。その代わりに、年寄りには直感が若い方より優れているということが、どうも最近の脳科学なんかでも裏付けられているようです。美術品などの真贋の判定などを想像するとなんとなくそんな気がしますよね。年をとることによって若い人に「勝てる」分野を早くみつけておくのが大事かもしれませんね。
投稿: かわうそ亭 | 2009/10/20 20:24