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2009/10/21

『利休 茶室の謎』の謎(下)

「不愉快だったこと」という小見出しで始まる一節の肝心な部分は次のようなものである。

韓国の牙山郡に「待庵」にそっくりな民家があること、「高麗カコイ」は「コマ」と読み、のちの「小間」に変化したのではないかと思いついたこと、そうしたさまざまなことがらから利休の美意識の中には、朝鮮からきたものがあるという発想、それらはわたしの「発見」であり「創案」である。
ところが、共同で研究していたつもりの方々の中から、「発見者」のわたしを無視して、あたかも自分が「発見」したかのように、公言し文章化される方が出てきたのだ。
人の仕事を尊重する姿勢、人がやったことをきちんと評価し認めてゆくのは研究者でなくても当たり前のことであろう。
口頭で、直接あるいは人を介して、抗議したり、訂正をお願いしたりしたが、ほとんど結果的にはわたしの希望のようにはならなかった。(中略)
わたしは共同研究者だと思っていたのに、その信頼を裏切られ、どうしていいかわからなくなった。
悲しかった。(p.126)

この人物が誰であるかは「あとがき」によれば、本書に付された参考文献に名前が出て来て、しかもこの「不愉快だったこと」にいたる文章で判ることだと書かれています。ところが困ったことにわたしの読解力があまりよくないためでしょうけれども、可能性がありそうな方が二人いらして、たぶんこっちの方であろうとわたし自身は理解しているのですが、この人物であると遺稿を託された方が名指しておられない以上、断言はできないのでありますね。問題があると前回に書いたのはそのことであります。だって、まあ、このお二人ともがイニシャルにされていたのなら話は別ですが、お一人だけがイニシャルだったのであれば、もうお一方は本書の「告発」によって誤解を受け続ける可能性があるわけですから。

可能性がある方は次のお二人です。

村井康彦氏。国際日本文化研究センター名誉教授、京都市美術館館長

中村利則氏。京都造形芸術大学教授

具体的に本書の中でどう書かれているか。

用事があって村井康彦先生に電話したとき、「高麗カコイはコマカコイと呼びならわしていたのではないか」と、思いついたばかりのことを話した。そして「高麗カコイ」が「小間カコイ」になったのではないかと。
先生は、「茶の湯には大服茶を大福茶、露地を路地というふうに、言いかえることがよくある」といわれ、わたしの読み替えを認めて下さった、しかし電話のことであるし、何よりもまず「不白筆記」を読んでおられない村井先生に「不白筆記」のその箇所を読んでいただいたうえで、わたしの仮説の可能性を吟味していただかねばならない。「また、のちほど」ということにして、ひとまず終えた。(P.60)

こうして一九八九年二月、久田宗匠、数寄屋棟梁の木下孝一氏、村井康彦先生、わたしの四人のメンバーで韓国に予備調査に入った。(p.74)

茶道史と日本史がご専門の村井教授に、茶室の建築や李氏朝鮮時代のことをお任せするわけにはいかないと判断し、いろいろ出演者の方をあたった。そして若手の建築史家、中村利則先生に会った。
ひととおり話をすると、中村先生はこう言われた。
「カルチャーショックだ。一晩考えさせてください。二〇年、何をやってきたんだろうと思う」。
わたしは中村先生に、自分の持つ資料をすべて手渡した。(p.80)

ここで、瀬地山敏氏の「あとがき」の重要箇所をもう一度おさらいします。

遺稿は、彼女が発見した仮説が、その妥当性を確かめるために韓国に同行した学者により、自説まがいに発表された経緯を、詳しく書いています。

つまりイニシャルだった方は、韓国に同行した方だということですね。村井氏が著者といっしょに韓国に入ったことは上記のとおりあきらかですが、この「あとがき」の韓国行の年月日が書かれていない以上、中村氏も別のときに同行していなかったとは言えないかもしれません。

なお、お二人ともこのNHKの番組のあとで、利休と待庵についての著作や雑誌の寄稿を発表されています。(本書の参考文献にも出ている)
わたしは、たぶんわかっているつもりですが、やはり瀬地山敏氏はお名前を明示されていたほうがよかったのではないかと思います。

最後にちょっとおかしな話を。
アマゾンでこの『利休 茶室の謎』を検索してみてください。絶版で中古で出品されている2点だけが表示されます。価格は本日現在8980円。(2000年の初版は1500円の本です)
よほどの稀覯本でなければたいていはヒットする国内最強の古書データベース「日本の古本屋」で本書を、あるいは念のために著者の瀬地山澪子で検索してみてください。いまのところ本書はヒットしません。
もうひとつおまけ。
わたしがこの本をなぜ手に取ったかがこれまた奇怪なはなしなのです。奈良県立図書情報館がわたしのいまいちばん良く利用する図書館なのですが、ここは開架式の本が豊富でぶらぶらといろんな分野の本をながめていくのが楽しいのですけれども、ぜんぜんジャンルのかけはなれた棚にこの本は置かれていたのですね。
「ありゃ、横着な人が、てきとうに棚に戻しちゃったんだな。戻す書架がわからないときはここに置いて下さいという専用のラックがたくさん用意されているのにさ、もう」
なんて言いながら、そのラックにもっていこうと、ぱらぱら目を通したら意外に面白そうだったので借りたのです。つまり、もしわたしが、この本を読みたいと思って、きちんとした図書分類であるべき書架を探したとしたら、わたしは絶対にこの図書館ではこの本をみつけることができなかったはずです。さて、さて、これはいったい……。(笑)

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b)書評」カテゴリの記事

コメント

小田さん・ですか
数年前にこの記事(?)を見ましたがまだUPしているとは思いませんでした。
「思いつき」「アイデア・発想」と検証する事とは大きな違いがあると思います。重要なのは史実と擦り合わせ事実の可能性を科学的に探る。これが重要なのでしょう
 放送関係のデレクターまたご亭主が大学の関係者ということで、「思いつき」「アイデア・発想」が歴史発見の主役なんでしょうか?
ここまで延々とおなじ文面を続けられるのは、相当に確信(?)またはなにかが おありなのかもしれませんが
当方のような受け方感想もある事を、お知らせします。
「お茶」を好んでいる一人にすぎず、本編に登場の方々と何等関係はありません。村井先生、中村先生とも学説などの発表では拝見しておりますし尊敬いたしております。伊藤理生 08042594825

投稿: 伊藤理生 | 2011/12/07 13:21

ご感想はたしかに拝聴致しました。とくに申し上げることはございません。

投稿: かわうそ亭 | 2011/12/07 19:59

小田さま
私の意見を見て頂きまして有難うございます。
小田様のFace bookなども拝見いたしましたが、しっかりしたお考えをお持ちのように感じました。
農園のお仕事が順調に参りますよう願っております。
有難うございました。

投稿: 伊藤理生 | 2011/12/10 09:30

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