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2010/01/08

『リンカーン弁護士』

20100108_2 マイクル・コナリーの『リンカーン弁護士』(講談社文庫・上下)は、いわゆるリーガル・サスペンスというジャンルになるのかな。コナリーの小説は、刑事のボッシュが証人として出廷する場面もたくさんあるので、本書もとくに目新しいという感じはまったくなくて、ぐんぐん引き込まれるいつもの展開だなあという感想なのだが、あえて言えば、これまでは主人公がたいていは犯人を追いつめる側の立場で描かれていたのが、本書については、これが180度反対の被告側の立場から描かれていることが面白いと言えばいえるかもしれない。

ただし、このように弁護士を主人公にしたミステリーやスリラーというのは、依頼人が無実ならいいのだが、そうでない場合はちと問題であります。
なぜなら、もしもですよ、危険きわまる快楽殺人犯が逮捕されたのに、やり手の弁護士がこれを裁判で無罪にして、ふたたび社会に解き放ちました、なんてストーリーをつくっても、あんまり売れるとは思えない。
勧善懲悪なんて陳腐だと言うかもしれないけれど、そこをいろいろなヴァリエーションで読者を翻弄するのがストーリーテラーの腕の見せ所というもので、結末はしかし、つねに卑劣な人殺しは破滅しないと読者としてはすっきりしないのである。
『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』じゃないんだからさ。

だが、主人公のキャラクターが魅力的であればあるほど、読者はかれの思考や感情に同調し、その行動に手に汗握って声援を送るのが読書の楽しみだと思う。手ごわい敵のたくらみを打ち破って勝利を得ることが読後のカタルシスになって、わたしたちは満足する。
となるとですね、もし、弁護しなきゃいけない依頼人が真犯人かも知れないという疑いが濃厚にある場合は、主人公が裁判に勝つというカタルシスは同時に、もしかしたら真犯人を無罪にしてしまうというフラストレーションにつながるわけであります。
こういう二律背反を(大げさに言えば)止揚してさらに大きな枠組みのなかで、読者を驚かせ最終的に満足させるというのは、これはじつに困難な課題であると思う。
こういう二重否定、三重否定の構造を語らせると、さすがにコナリーはうまい。わたしはあらためてこの作家の腕前に感嘆し、大いに満足しましたね。

タイトルについて一言。リンカーン弁護士というのは、主人公ミッキー・ハラーがリムジンの後部シートを「事務所」にして、LA中を走り回る刑事弁護士であることからきている。その筋ではやり手でお得意様は常習的な犯罪者の皆様方である。連中の警察に捕まった容疑は事実そのとおり、証拠もがっちり、いまさら目の玉が飛び出るような報酬を請求する弁護士なんかたのまなくても、いわゆる公選弁護士でいいんじゃないのと、善良な小市民であるわれわれは思ったりするけれど、そうではないことが、ミッキーの日常を追うとよくわかります。つまり、かれが行う法律行為は、罪があるかないかを争うということではまったくないのですね。依頼人が有罪であることは、魚が鰓呼吸していることと同じくらい明白です。かれがやるのは、要は警察や検察の証拠にけちをつけて、刑を少しでも軽くするという仕事であります。判事は面倒な裁判なんかやりたくないし、検察だって裁判で陪審員なんかに評決させて万一にも負けるなんてリスクはおかしたくないわけで、ここに司法取引と言う不思議な世界が出現する。もし被告が有罪を認めれば、刑務所に入るところを保護観察つきの保釈にしてやるとか、15年の懲役を10年にしてやるとか、そういうバザールの値段交渉みたいなことが行われるわけですね。そして、公選とちがって高額な報酬を要求する弁護士はタフなネゴをしてくれるから、犯罪者は有り金ぜんぶもちだしてもハラーに依頼をするということになるのであります。

ただ、こういう世界には当然いくつも弊害があるわけですが、その最たるものは、もしかしたらほんとうに無実の人間を、有罪にしてしまうかもしれないということです。なぜなら、もしわたしがある日、殺人事件で起訴されたとします。もちろんわたしは身に覚えがない。しかし、わたしの無実をあきらかにする証拠はなく、逆に検察の証拠やかれらが組み立てたセオリーは陪審員たちに説得力をもちそうだ、とします。さらに、もしわたしが負けた場合は、死刑になる可能性が濃厚だとします。この場合に、もちろん感情的には、真実をあきらかにするために、大陪審で「それでもわたしはやっていない」と言いたいのは当然です。しかし争って負ければ死刑。しかし有罪答弁をすれば終身刑で実質的には15年くらいで出てこれるよ、といわれた場合は迷うでしょうね。司法取引で涙をのんでやってもいない罪状で服役している囚人だっていないとは限らない。おそらく、これが刑事弁護士の悪夢に違いないとわたしも思う。「無実の人間ほど恐ろしい依頼人はない」という本書のエピグラフのゆえんであります。

ところで本書には刑事弁護士についてのジョークがふたつばかり出てきます。そしてこれが小さな伏線にもつながる仕組みになっています。刑事弁護士と何々の違いはなーんだ、というやつですね。これいろいろなパターンがあって笑えます。本書に出てくるのはどうぞ実際にお読みいただくとして、わたしが一番好きなやつを最後にご紹介しましょう。

「ハイウェイで死んでいるスカンクとハイウェイで死んでいる弁護士のちがいがわかります?」
「いや、なんだ」
「スカンクの前にはブレーキのあとがある」

ジョン・サンドフォード『サディスティック・キラー』より

リンカーン弁護士〈上〉 (講談社文庫)

リンカーン弁護士〈下〉 (講談社文庫)

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■2002/12/08の日記にほのめかしたフランス小説は告白するとサド作『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』(植田祐次訳)である。が、登場人物が「悪の理論」を延々と開陳する場面はよいとして、その種の場面の描写はさすがに通勤電車で朝っぱらから読むのが気分的に辛くなってきたので、週末にまとめ読みすることにした。明日からは気分転換に永井荷風でも読む。... [続きを読む]

受信: 2010/01/22 10:57

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