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2010年3月

2010/03/21

春の嵐

一晩中春の嵐が吹き荒れた。朝起きると窓外の空気が異様に黄色い。霾ぐもりである。
こういう日にふさわしい詩はないものかと、図書館でぱらぱらと漢詩の本を繙く。唐詩から気分が合いそうなものをひとつ。
ノートをもたずに行ったので、詩を iPhone のメモ・アプリに書き取ったが、読みまでは面倒だから写してこなかった。たぶん家に帰ってググれば、誰かが取り上げているはずさ、と安易に思っていたら、意外なことに中国語のサイトしかヒットしなかった。労を惜しんではいけません、ということですな。
一応記憶で訓読を書いておく。(たぶん細かいところはちがっているのでご容赦のほど)

武昌阻風   方沢

江上春風留客舟

無窮歸思滿東流

與君盡日閑臨水

貪看飛花忘卻愁

「江上の春風は客舟を留め、窮まり無き帰思は東流を満たす。君と尽日、閑に水に臨み、飛花を貪り看て愁いを忘却せん」

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2010/03/09

英訳サラダ記念日

「短歌」3月号に俵万智と三枝昂之の対談が掲載されている。昨秋の国際短歌交流大会での公開対談を起したもののようだ。「haiku」のほうが、外国での認知度は高いと思うけれど、短歌の方も日本歌人クラブに短歌国際化推進部なんてものを設置しているんですね。ふーん。この対談で、俵万智の歌集『サラダ記念日』が英訳されていることをはじめて知った。たとえば—

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

には少なくとも三つの英訳があるそうで、丸写しで恐縮ですが、上から順番にA.クラストン、J.カーペンター、A.スタムの翻訳。

(1)
"Hey, this is great!" you said,
and so,
henceforth July the sixth shall be Salad day.

(2)
"This taste great." you said and so,
the sixth of July our salad anniversary.

(3)
Because you told me,
"Yes, that tasted pretty good."
July the sixth
shall be from this day forward
Salad Anniversary.

当日の会場にいたアメリア・フィールディングにも意見をもとめて、彼女の訳も紹介されている。こういう訳だ。

(4)
This taste good you said, and so July sixth became the salad anniversary.

俵万智本人は、英語は散文ならば読めるけれど、詩として味わうのはできないから、どれがいちばんよいかはわからないというような意味のことを言っている。
わたしの見るところ、おそらく日本人は(4)がいちばんオリジナルに近いような感じを持つのではないかと思う。しかし、単純にどの訳がいちばんいいか、というのはなかなかむつかしい。というのは、日本語の短歌のリズムや息づかいを、別の言語である英語にいかにうまく移すかというのがポイントと日本人のわれわれは考えがちだが、反対に英語圏の翻訳者は短歌を正統的な英詩の表現にまとめあげて、違和感のない英詩として読者に読ませることを翻訳のポイントにする場合もあるだろうからだ。
英詩の場合は、弱強格だとか弱弱強格だとか、さらに二歩格、三歩格なんてリズムの種類で、たとえばああこれは弱強五歩格の詩だね、なんてやるのだと思うので(もちろんわたしはぜんぜんわからない)どうしてもオリジナルの短歌の息づかいとは、おのずと変化せざるを得ないのではないかと思うなあ。



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2010/03/08

千年の祈り

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イーユン・リーの『千年の祈り』を読む。
第一回のフランク・オコナー賞受賞作である。イーユン・リーは1972年生まれ。面白い生い立ちの人で、子供時代は中国の科学者村で育ったらしい。国家機密の核開発施設に勤める研究者の家族が一般の人たちとは隔離された施設で暮らしていたということのようだ。当然セキュリティのきびしいエリアだったのだろうが、中で成長する子供たちは、プロレタリア文化大革命の最終期の巷よりは自由だったのか、外国の情報にもけっこう触れることができた。江戸時代の長崎の通詞の子女のようなものだったのかな。

高校生のときが第二次天安門事件(1989)。多感な17歳は、このときにはすでに自分の夢や未来を祖国にではなく外国に託していた。北京大学から米国の大学院へ進んだときは細胞生物学の専攻だったが、免疫学で修士号を取得後、小説の創作クラス(例のアイオワ大学のクリエイティヴ・ライティングだ)に転じると、たちまち腕をあげて、作品を雑誌に買い取られ、新人の賞をつぎつぎに受賞。ついには処女短編集で、名だたる大物作家を尻目にフランク・オコナー賞をゲットしてしまうという、まあ、世のなかには、そういう人がいてしまうもんなんですな。

いうまでもないが、彼女にとっては英語は外国語として身につけた第二の言語である。母語はいうまでもなく中国語だ。

その人にとっての外国語で創作活動をするのはさぞかしもどかしいだろうなあ、不自由だろうなあ、とわたしなどは思うけれども、この人にとっては、逆に母語で書くのではないということで、はじめて自己表現の自由を得ることができたのだという。国家の強いる思想に共感をもてないまま、しかし自分の内心の声を口にすることは危険であるという思春期を送ったために、母語で書くことは自分のなかに検閲官を育てることになってしまった……。わかるような気もするが、同時にいたましいような思いもわいてくる。

本書の収録は以下の10作品。

あまりもの
黄昏
不滅
ネブラスカの姫君
市場の約束
息子
縁組
死を正しく語るには
柿たち
千年の祈り

北京の街角のスターバックスやインターネット・カフェが意匠としてでてくる作品(「息子」)やアメリカが舞台の作品(「ネブラスカの姫君」「千年の祈り」)もあるが、そういう小説であっても、いかにも「ああ中国だな」という民族の根っこのようなものを読者に感じさせる雰囲気を色濃く持っているのが面白い。
今回読んだのは翻訳だから、どんな英語で書いているのかはちょっと知りたいところだな。

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

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2010/03/02

ココログエディタ

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新しくリリースされたiPhoneアプリ「ココログエディタ」を使ってみる。わざわざiPhoneでエントリーを書くなんてまずしないことはまちがいないけれど、何ごとも経験である。写真の大きさの指定と、文字の回り込みはできないのかな。まあ、わりとすいすい書けるようですね。
さて、あとはこれをアップしてみましょうか。
写真は今日、錦小路と東洞院通の角で同じくiPhoneで撮ったもの。iPhoneがあれば、一応、ブログ生活はできるということか。(笑)

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2010/03/01

2010年2月に読んだ本

『剣客商売 六 新妻』池波正太郎(新潮文庫)
『渡辺崋山』ドナルド・キーン/角地幸男訳(新潮社/2007)
『ナボコフ伝 ロシア時代(上)』ブライアン・ボイド/諫早勇一訳(みすず書房/2003)
『小島ゆかり歌集 希望』(雁書館/2000)
『武士はなぜ歌を詠むか』小川剛生(角川学芸出版/2008)
『Love Begins in Winter: Five Stories』Simon Van Booy(Harper Perennial/2009)
『日本における陽明学』吉田公平(ぺりかん社/1999)
『剣客商売 七 隠れ蓑』池波正太郎(新潮文庫)
『世界でいちばん面白い英米文学講義』エリオット・エンゲル/藤岡啓介訳(草思社/2006)
『ナボコフ伝 ロシア時代(下)』ブライアン・ボイド/諫早勇一訳(みすず書房/2003)
『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』川口マーン惠美(新潮選書/2008)
『更に尽くせ一杯の酒—中国古典詩拾遺』後藤秋正(研文出版/2009)
『剣客商売 八 隠れ蓑』池波正太郎(新潮文庫)
『ジーヴスの帰還』P.G. ウッドハウス/森村たまき訳(国書刊行会/2009)
『現代思想の断層—「神なき時代」の模索』徳永恂(岩波新書/2009)

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