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2010/03/08

千年の祈り

Thusandyear_2

イーユン・リーの『千年の祈り』を読む。
第一回のフランク・オコナー賞受賞作である。イーユン・リーは1972年生まれ。面白い生い立ちの人で、子供時代は中国の科学者村で育ったらしい。国家機密の核開発施設に勤める研究者の家族が一般の人たちとは隔離された施設で暮らしていたということのようだ。当然セキュリティのきびしいエリアだったのだろうが、中で成長する子供たちは、プロレタリア文化大革命の最終期の巷よりは自由だったのか、外国の情報にもけっこう触れることができた。江戸時代の長崎の通詞の子女のようなものだったのかな。

高校生のときが第二次天安門事件(1989)。多感な17歳は、このときにはすでに自分の夢や未来を祖国にではなく外国に託していた。北京大学から米国の大学院へ進んだときは細胞生物学の専攻だったが、免疫学で修士号を取得後、小説の創作クラス(例のアイオワ大学のクリエイティヴ・ライティングだ)に転じると、たちまち腕をあげて、作品を雑誌に買い取られ、新人の賞をつぎつぎに受賞。ついには処女短編集で、名だたる大物作家を尻目にフランク・オコナー賞をゲットしてしまうという、まあ、世のなかには、そういう人がいてしまうもんなんですな。

いうまでもないが、彼女にとっては英語は外国語として身につけた第二の言語である。母語はいうまでもなく中国語だ。

その人にとっての外国語で創作活動をするのはさぞかしもどかしいだろうなあ、不自由だろうなあ、とわたしなどは思うけれども、この人にとっては、逆に母語で書くのではないということで、はじめて自己表現の自由を得ることができたのだという。国家の強いる思想に共感をもてないまま、しかし自分の内心の声を口にすることは危険であるという思春期を送ったために、母語で書くことは自分のなかに検閲官を育てることになってしまった……。わかるような気もするが、同時にいたましいような思いもわいてくる。

本書の収録は以下の10作品。

あまりもの
黄昏
不滅
ネブラスカの姫君
市場の約束
息子
縁組
死を正しく語るには
柿たち
千年の祈り

北京の街角のスターバックスやインターネット・カフェが意匠としてでてくる作品(「息子」)やアメリカが舞台の作品(「ネブラスカの姫君」「千年の祈り」)もあるが、そういう小説であっても、いかにも「ああ中国だな」という民族の根っこのようなものを読者に感じさせる雰囲気を色濃く持っているのが面白い。
今回読んだのは翻訳だから、どんな英語で書いているのかはちょっと知りたいところだな。

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

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b)書評」カテゴリの記事

コメント

Ha Jin (哈金)という小説家がいます。イーユン・リーより一世代上の人ですが、英語で書く、という点で共通しています。彼も英語で書くことにこだわっています。
しかし、母国語以外で小説というものを書き、さらに賞までとる、というのはすごいことだと思います。最近も中東の若い女性が日本語で小説を発表していましたね。
こういうことのできる日本人を私は知りません。どこがちがうのでしょうかね。

投稿: 水夫きよし | 2010/03/19 09:35

たまたまですが HA JIN は『Waiting』を、1999年のアメリカのナショナル・ブック・アウォード受賞のときに読みました。こちらのブログでも、魯迅とからめて一度記事にしたことがありましたので、ご参考まで。
http://kawausotei.cocolog-nifty.com/easy/2006/08/post_4220.html
いい小説でしたね。

投稿: かわうそ亭 | 2010/03/19 23:55

私は、"Crazed"という作品でHa Jinを知りました。"Waiting"はまだ読んでいませんが、意に添わぬ結婚については、中国の小説によく出てきますので、知っています。毛沢東も親の決めた相手とは別れてしまいましたね。
四番目の妻でしたか、江青については、彼女の演劇の教え子であるアンチー ミンという女性が『マダム毛沢東―江青という生き方』という本を書いています。これも原書は英語で書かれたものです。中国語と英語は文法的に似ているといいますから、相性がいいのでしょうか。それにしても中国知識分子恐るべし、です。

投稿: 水夫きよし | 2010/03/20 12:35

いやまったく。
"The Crazed" は面白そうですね。

投稿: かわうそ亭 | 2010/03/20 23:16

これと同じ本が図書館にあったので、さっそく読んでいます。率直に言って、とてもいいです。すばらしい短編集です。ご紹介感謝。

ところで、米国在の日本人が運営している洋書のサイトでおもしろいのがあります。紹介まで。
http://watanabeyukari.weblogs.jp/youshonews/

梅田の紀伊国屋で洋書セール中ですね。2冊買ってきました。

投稿: 水夫きよし | 2010/03/23 20:41

こんばんわ。わたしのほうは、ハ・ジンの『狂気』("The Crazed")を、いま読んでいます。面白いです。こちらもご紹介感謝。(笑)
紀伊国屋の洋書セール、わたしも覗いてみよっと。

投稿: かわうそ亭 | 2010/03/23 21:40

今日、アマゾンのkindleを見せてもらいました。普通サイズの機種です。E-ink画面ははっきりとしていて、とても見やすい。ちょっと重さを感じますが、これなら寝ながら読書に使えそうです。

投稿: 水夫きよし | 2010/03/24 16:23

わたしはまだ実物を見たことがありませんが、ちょっとこころ惹かれますね。259ドルというのは機能を考えると安いなあ。

投稿: かわうそ亭 | 2010/03/24 17:56

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