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2010/04/19

小林秀雄『本居宣長』その五

前回書いたように、『本居宣長』は面白し、といふといへども理解しがたし、なのでありますね。そこをどう乗り越えるかが本書を読み通すポイントなのですが、それについては小林秀雄自身がこんなふうに言っていることをそのまま書き写すのがよさそうです。
『全作品28』に収録された「本の広告」という一文にこうあります。

彼の文体の味わいを離れて、彼が遺した学問上の成果を、いくら分析してみても駄目なことです。

つまり宣長がどういうお方であったかは、その文をお読みなさい。そうすれば、いやでも宣長という人がどういう人だったのかはわかります。それを面白がればよいのです、ということでしょう。
では、宣長らしい文体とはどういうものか。それに対して、小林秀雄はなにもむつかしい学問をもちだすことはないといいます。たとえば、といって紹介するのは、宣長の家業である医薬の宣伝文なんですね。いまで言えば、広告のコピー・ライティング。
さっそく読んでみましょう。本居医院で販売しているお薬「六味地黄丸」の口上。
ちょっとむつかしいところはカッコで補足しておきました。

六味地黄丸効能ノ事ハ、世人ヨク知ルトコロナレバ、一々コヽニ挙ルニ及バズ、然ル処、惣体薬ハ、方ハ同方タリトイヘドモ、薬種ノ佳悪ニヨリ、製法ノ精麁(せいそ)ニヨリテ、其効能ハ、各別ニ勝劣アル事、是亦世人ノ略(ほぼ)知ルトコロトイヘドモ、服薬ノ節、左而巳(さのみ)其吟味ニも及バズ、煉薬(れんやく)類ハ、殊更、薬種ノ善悪、製法ノ精麁相知レがたき故、同方ナレバ、何れも同じ事と心得、曾而(かつて)此吟味ニ及バザルハ、麁忽(そこつ)ノ至也、因茲(これゆえに)、此度、手前ニ製造スル処ノ六味丸ハ、第一薬味を令吟味(ぎんみせしめ)、何れも極上品を撰ミ用ひ、尚又、製法ハ、地黄を始、蜜に至迄、何れも法之通、少しも麁略(そりゃく)無之様ニ、随分念ニ念を入、其効能各別ニ相勝レ候様ニ、令製造(製造せしめ)、且又、代物(代金)ハ、世間並ヨリ各別ニ引下ゲ、売弘者也(売り弘むるものなり)

面白いですねえ。このしつこいというか、馬鹿丁寧なというか、なあなあで呑み込んでくれないというか、あんまりサラリーマンの世界では出世しませんが、いますよね、こういうタイプの人。わたしは好きです。よその部署にいるかぎり。(笑)

さて、ではこのシリーズの締めくくりに、小林秀雄が宣長にならって本書を宣伝した口上を、同じく「本の広告」から引用して終わりにしましょう。

さて、この宣長の教えに従って、言わせて貰う事にしたいが、私の本は、定価四千円で、なるほど高いと言えば高いが、其の吟味に及ばないのは麁忽の至なのである。私の文章は、ちょっと見ると、何か面白い事が書いてあるように見えるが、一度読んでもなかなか解らない。読者は、立止ったり、後を振り返ったりしなければならない。自然とそうなるように、私が工夫を凝らしているからです。これは、永年文章を書いていれば、自ずと出来る工夫に過ぎないのだが、読者は、うっかり、二度三度と読んで了う。簡単明瞭に読書時間から割り出すと、この本は、定価一万ニ、三千円どころの値打ちはある。それが四千円で買える、書肆としても大変な割引です、嘘だと思うなら、買って御覧なさい、とまあ、講演めかして、そういう事を喋った。

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