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2010/04/07

小林秀雄『本居宣長』その三

小林秀雄は『本居宣長』で戦後知識人の限界を冷厳な目で見極めているのだという読み筋、そしてそのような戦後知識人の一人として丸山眞男を思い浮かべることもかならずしも的外れではないように思う。

では反対に丸山眞男は小林秀雄をどのように見ていたのか。
これについては、たしか『日本の思想』になにか書いてあったなと思いながら、この際だから、きちんと調べてみることにした。岩波の『丸山眞男集』の別巻の人名索引をみれば、小林秀雄への言及は一通り拾えるはずである。大阪中央図書館でメモをとりながら半日お勉強。(笑)

参考に今日のメモを転記しておこう。行末の数字はページ番号である。

7巻:「日本の思想」(1957年)199/235
8巻:「近代日本の思想と文学」(1959年)112/113/119/120/130/147/150/151/153-155
9巻:「日本の思想(あとがき)」117/118
11巻:「森有正氏の思い出」(1979年)107
12巻:「金龍館からバイロイトまで」(1985年)243

全部に目を通してみて、やはりいちばん重要なのは「日本の思想」の次の箇所だと思った。すこし長いが切らずに引用する。

小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。それは直接には歴史的発展という考え方にたいする、あるいはヨリ正確には発展思想の日本への移植形態にたいする一貫した拒否の態度と結びついているが、すくなくとも日本の、また日本人の精神生活における思想の「継起」のパターンに関するかぎり、彼の命題はある核心をついている。新たなもの、本来異質的なものまでが過去との十全な対決なしにつぎつぎと摂取されるから、新たなものの勝利はおどろくほど早い。過去は過去として自覚的に現在と向きあわずに、傍らにおしやられ、あるいは下に沈降して意識から消え「忘却」されるので、それは時にあって突如として「思い出」として噴出することになる。

この小林批判に対しては、丸山の予想を超える反感が寄せられたらしく、9巻の「日本の思想(あとがき)」はやや歯切れが悪い。さすがにわたし(丸山)も「感覚的に触れられる狭い日常的現実にとじこもる代表として小林氏をとりあげるほど盲目ではないつもりである」という弁明的な書き出しに始まる一文。

小林氏は思想の抽象性ということの意味を文学者の立場で理解した数少ない一人であり私としては実感信仰の一般的類型としてではなく、ある極限形態として小林氏を引用したつもりだったのである。

8巻の「近代日本の思想と文学」では、小林秀雄が戦中にとった態度(「戦争の渦中にあつてはたつた一つの態度しか取ることが出来ない。戦では勝たねばならぬ」)にたどりついた小林秀雄の精神のドラマがつぎのように解剖される。

普遍者のない国で、普遍の「意匠」を次々とはがしおわったとき、彼の前に姿をあらわしたのは「解釈」や「意見」でびくともしない事実の絶対性であった(そはただ物に行く道こそありけれ—宣長)。小林の強烈な個性はこの事実(物)のまえにただ黙して頭を垂れるよりほかなかった……

さて、どうだろう。今回の丸山の引用を読み、そしてもういちど、前回の小林秀雄の「本居宣長」からの引用を読み返してみて欲しい。わたしは、ここで両者のあいだにどのような思想上の剣戟の火花が散ったのかかすかにしか察することはできないけれど、まあ、名人の真剣勝負をみるような思いがいたしますねえ。(笑)

ところで、全集には載っていないが、丸山眞男が小林の宣長論に直接言及した発言をいま読むことができる。ひとつは加藤周一が聞き役になってまとめた『翻訳と日本の近代』(岩波新書)である。こういう内容だ。

宣長においては、古道論と歌道論との間の矛盾というのは、宣長論の核心ですね。つまり歌道論のほうは模範は『新古今』であり、これは神代からはるかに遠い時代で、漢心に汚染されている時代のものです。古道論だと、神代がもっともすなおに人間性が歌われた時代なのに、歌論だと、『古今』『新古今』が歌の「真盛り」で、最高の時代になる。だから宣長の場合、歌道論と古道論との関係づけというのはいちばんむずかしい問題だな。ぼくは小林秀雄の宣長論からいっこう学ばなかったのは、まさにその問題なんです。宣長を書くとき、ぼくがさんざん頭を悩ました問題なのに……
丸山真男・加藤周一
『翻訳と日本の近代』(岩波新書)p.39

また、前回のコメントで我善坊さんにご教示頂いた、『自由についてー七つの問答』(SURE)という、これは鶴見俊介が聞き役になった本でも(まだ途中なので他にも言及があるのかもしれないが)ほぼ同じ内容の批判が語られている。この『自由についてー七つの問答』は面白い。これについてもいろいろ考えたいことが出てくるけれどすでに長くなったので今回はここまで。

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コメント

やっぱり早とちりでしたかー。
丸山の小林『本居宣長』評が『翻訳と日本の近代』に出ていたのは、すっかり記憶にありませんでした。お陰で10年ぶりでこちらも読み返し、これはこれでまた面白い読みものになりました。ちょうど内田樹『日本辺境論』(新潮新書、2009)を読んだばかりで、これと呼応して一層興味深く読みました。
小林秀雄に戻れば、丸山のところにも小林から『本居宣長』が送られてきて、丸山は『翻訳と日本の近代』で語ったような批評(古道論と歌道論の矛盾をどう考えるか?)を返礼に書き送ったが、それに対する返事はなかったとか。
私たちの学生時代('60年代前半)は左翼に向かわなかった者はみな小林に捕まり、私もその1人で、ひと頃は文体まで真似ていたほどでした。近頃になってまた、ときどき読み返しています。

投稿: 我善坊 | 2010/04/11 11:56

いえいえ、どうもです。
そうですか、小林の返事はありませんでしたか。この古道論と歌道論の矛盾という切り口は、いま『本居宣長』をゆっくりと読み進めているわたしにとって、いつも頭の片隅にある問いになってしまいました。
もしかしてこうかしら、なんて思いついたり、いやいや、それではやっぱり丸山の言うとおり矛盾している事になるじゃないか、とか頭のなかでつぶやいたりして、それはそれでなかなか面白いです。

投稿: かわうそ亭 | 2010/04/11 21:35

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