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2010/05/03

『小林秀雄の恵み』

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橋本治の『小林秀雄の恵み』は素晴らしい本で、ほとんど小林の『本居宣長』を自分はどのように読んだかということだけを語った内容なのだけれど、さらに言ってしまえばほんとうは本居宣長でも小林秀雄でもなく、橋本治自身を語った本なのだと思う。その意味では、小林秀雄が本居宣長を借りて自分自身のことを語っていたこととこれは相似である。なべて評論の傑作というものはそういう性格が自然に備わるものであるのかもしれない。
橋本が考える小林秀雄の思想は詰まるところ「読むに価するものをちゃんと読め」である。言われてみればそのとおりで、わたしたちは読むに価しないものばかりちゃらちゃら読んでいる。ここで急いで言っておくが、小林が「読む」というのはなにも書籍に限らない。美術も音楽も演劇もその視野に入っている。

よい本を読むとその中身が錘りのようにこころの底に降りてゆき、かえってそれを表す言葉を失うのが常である。『小林秀雄の恵み』はそのような本だ。だが、読み終えたあとで——橋本流に言えばトンネルをくぐり抜けたあとで——自分を点検すると、どうも「そこにあるすべての目盛りが一段階上にあがっていることを知」るような塩梅なのであります。(括弧の引用は村上春樹の『海辺のカフカ』)

あちらこちらにきらめくような言葉がちりばめられた「カッコいい本」でもあるが、わたしがいちばんこころを打たれたのはたとえば次のような西行に関する橋本の捉え方である。

西行は「強い自意識を持った人」だが、別に「強い人」ではない。「ただ愚直に一つの道を行った」と言えば「強い人」にもなるが、「一つの道を行くしかなかった」になれば、「哀しい人」である。なぜそうなるかと言えば、根本のところで、西行に「居場所」がなかったからである。居場所がないから出家をしたが、その新たなる居場所は、「現実社会の外」である——出家というものは、そのように位置づけられる。だから、出家者となってしまった西行は、永遠に、現実社会の中に居場所を持てないのである。

おそらくこれは橋本治という人間を語ってしまった言葉なのであろう。



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コメント

どうも。

「そこにあるすべての目盛りが一段階上にあがっていることを知」る

とは、しびれる表現です。私は小説というものの面白さがあまり分からないため、な、なんと村上春樹を読んだことがない(その従姉妹と話したことはある!)。で、ご亭主と同様、優れたblogに村上論が最近書かれたのですが、門外漢としては読んでもなんとも言いようがない。ご亭主を含めこちらに集う文学目利き方々に読んで戴ければとご紹介する次第。
村上春樹の文体論――『1Q84』読解のために(1)
http://plaza.rakuten.co.jp/sokutou/diary/201004250000/
村上春樹の文体論――『1Q84』読解のために(2)
http://plaza.rakuten.co.jp/sokutou/diary/201004250001/

P.S. 最後の橋本の引用は、なんか辛いっすね。

投稿: renqing | 2010/05/04 11:10

どうもです。いま『1Q84』のBOOK3を読んでいます——というか、第3章あたりで放り出しています——が、ご紹介いただいた村上春樹の文体論は、ちょっとムツカシイですね。
いろんな語り部がいて、もっともらしくオハナシを聞かせるのだが、なかにやたらオハナシを面白く聞かせるやつ(チャンドラー)がいて、へえ、なんだオハナシってこういうふうにやったっていいんだと少年(ムラカミ)が感心した、てな感じで理解すればいいのかな。あんまり面白く語るやつは、嘘っぽいじゃんなんて言われてあんまり権威がないのだけれど、そういう嘘っぽさのほうがオハナシを語る語り部としては御本家なのであるという感じでしょうか。そういう理路であれば、わたしも同感です。

投稿: かわうそ亭 | 2010/05/04 22:22

なるほど。
そういう筋なら私にも理解可能。
私はよう英語を読みませんが、原文でよむとチャンドラーなんかひどく面白いんでしょうね。以前の訳で、『長いお別れ』を読みかけて最初の見開きで終わってしまった遠い記憶がありますが。

投稿: renqing | 2010/05/05 00:16

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