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2011/02/09

容積のはなし

ものの容量をあらわすときに、もっともなじみが深いのは、ご飯を炊くときの一合、二合という単位だろう。あるいは酒呑みならば、二合徳利や一升瓶のほうか。
尺貫法の容積単位は次のように覚える。

1勺
1合=10勺
1升=10合=100勺 

一升は1.8リットル。一升瓶の容量でありますね。一合はこの十分の一。いまではあんまり見かけないが、わたしが子供のころの牛乳瓶は一合瓶だった。ウィキペディアによれば1970年代に厚生省が学校給食用牛乳瓶を200ミリリットルに決めたそうな。ぜんぜん知らなかったな。

最新のマイコンチップで制御された炊飯器でも、コメの計量はいまでも尺貫法がベースなのではないかと思う。カタログなどにも3合炊き、5.5合炊き、8合炊き、1升炊きという区分で表示されている。5.5合というのは、たぶん約1リットルの区切りなのだと思うが、それでも合という尺貫法の単位が優先である。こういうのはなんだかうれしくなるね。

さて1升の上の単位は次のようになります。

1斗=10升=100合
1石=100升=1,000合

斗のほうは「斗酒なお辞せず」の斗でありますね。
もっとも、古代中国の度量衡は現代日本とはまったく別物ですから、これがかならずしも詩的誇張というわけでもないらしいね。実は一斗の酒は2リットルくらいという説もある。一升と1合1勺。ま、これでも大酒飲みには違いないが、相撲取りなら八百長なしにガチンコで呑めるに違いない。

さて一合のコメは炊くとだいたい茶碗二杯くらいの感じでしょうか。むかしはこれが大人の一食分とされていました。
一日三食、コメを食うと一人で三合必要になります。
1年では、3合×365日=1、095合
ざっくり言って1000合、100升、すなわち一石(いっこく)であります。
つまり、石という単位は、壮丁ひとりを1年間養えるという意味をもっていた。言いかえれば、これは潜在的な兵力の指標でもあったわけですな。前田家、加賀百万石というのが、どれくらいの迫力を武家社会にもっていたか、こうして考えるとよくわかる。ま、この富を軍事力につかわないように、いかに文化に使わせるかが中央政府の課題でもあったわけだ。

それはともかく、この1石のコメを年貢として徴収するための田んぼの広さが、前回のべた1反という面積単位になるというのが、おおまかな理解でよろしいかと思う。ただし、きびしい突っ込みがくるといけないので、急いで言っておくが、検地や検見、年貢の話になると、素人ではとても手に負えないような複雑きわまる迷路に迷い込むことになるので、ここは、まそんなに単純な話ではありませんが、というエクスキューズはつけくわえておきましょう。(笑)

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「a)里山の日々」カテゴリの記事

コメント

石屋の世界も実は未だに尺貫法なんですよ。
石を買う時も1尺×1尺×1尺の大きさが単位になっていて「切(さい)」といいます。
180cm×60cm×90cmの石ください、というとこいつ素人だなと思われます。そこは6尺・2尺・3尺の石くださいと言わないと(笑)
石のことを考える時は頭が尺寸になっているので逆にcmの方が考えにくい。
CADだって尺寸で書いているのですから。(最近、西の方ではcmのところもありますけど)
ちなみに1切の石を普通の人は持ち上げられません。白御影石で80kg、黒御影石で100kgになります。

でも、家を建てたり畑や田んぼの仕事をする時は尺寸の大きさが体に入っていると仕事しやすいですよね。ただ僕は田んぼをやったことがないので未だに一反の大きさがうまくイメージできませんが。

投稿: たまき | 2011/02/10 08:14

「切」という呼び名は初めて知りました。そうですか、1切が80キロとか100キロとかいう世界ですか。なんかすごいなあ。そういえば、わたしの通勤電車の通過駅に「石切(いしきり)」という駅があります。あんまり関係ないけど。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2011/02/10 22:49

復帰されていたのですね。さっそくですが、前田百万石・・・。警戒する側にも警戒される側にもいろんな事情があったようで、明治維新にこの大藩は乗り遅れてしまったようにみえます。が、最近知ったのですが、明治期における前田藩勢力下の人々の驚くべき動きです。詳述するほど、整理できていませんが、たとえば「十四会」。一般通史には出てきませんが、そしてだからといって秘密結社的なものでもありませんが、おそらく明治の社会が動いていくなかでこの十四会とその周辺の人々が、ある確かな力を政治・経済に及ぼしていただろうことがわかってきて、それだけにわかっていたつもりの明治の歴史がちょっと不気味にも思われてきました。西田幾太郎の師にあたる北条時敬、三井系の経済人早川千吉郎、日露戦争後の地方改良運動の実質的な推進者・井上友一など歴史の表に出ないところで彼らは確実に歴史を動かしています。
うれしくて、余計なおしゃべりをしました。

投稿: かぐら川 | 2011/02/11 18:08

かぐら川さん
ごぶさたしてます。また、よろしくお願いいたします。
十四会という会のことも、あげられた人物もみんな初耳です。うーん、相変わらずシブい路線ですねえ。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2011/02/11 20:47

今読み終えた岩波現代文庫の『大拙と幾多郎』(森清//2011.1〔初刊1991.1〕)に、「十四会」のメンバーがごっそり出て来て、驚きました。
さわやかな読後感の本でした。

投稿: かぐら川 | 2011/03/21 12:42

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