大塚ひかり全訳「源氏物語」
大塚ひかり全訳の『源氏物語』(ちくま文庫)を、ところどころ山岸徳平校注の岩波文庫版で原文をたしかめながら読む。まずは第1巻、桐壺、帚木、空蝉、夕顔、若紫、末摘花、紅葉賀、花宴、葵、賢木までの十帖。
わたしは大塚ひかりという人のことはまるで何にも知らなかったのだけれど、本屋で時間つぶしをしているときに(最近は立ち読みではなくて座って読めるからありがたい)ふと手に取って読み出したら、これがじつに面白くて、待ち合わせの時間が来て本棚に戻すのが残念で思わず買ってしまったのであります。わたしにしてはめずらしい。
ところで、この全訳に対しては、あんなものをと眉をひそめるむきがあるかもしれない。
よく知りもしないくせになんでそんなことを言うかというと、巻末に著者の作品目録が載っているのだが、これがタイトルからして『カラダで感じる源氏物語』と『源氏の男はみんなサイテー』という挑発的なシロモノなんだなあ。ちょっと、前者を引用する。解説はどうやら小谷野敦らしい。
エロ本として今なお十分使える『源氏物語』。リアリティを感じる理由、エロス表現の魅力をあまさず暴き出す気鋭の古典エッセイ。
う〜ん、なんだかなあ、でしょ。(笑)
源氏を読もうなんて、せっかく殊勝な心がけであるならば、まあ、最近のリンボウ先生のはいまひとつ信用できないとしても、大谷崎もあるし円地文子でも、あんたの好きな田辺聖子だってあるじゃない、てなもんでありますよね。
なんで大塚ひかりなんて聞いたこともない(もちろんわたしが知らなかっただけ)人の全訳なのさ、ト。
答えは、だっておもしろいんだもの、ってことになるかなあ。
いまでこそ源氏物語は、世界最古の文学作品として、日本文化の精髄、ハイカルチャーの代表選手みたいに扱われているけれど、もともとあれは誨淫導欲の書で、ために紫式部は地獄に落とされたという説話もあったくらいなのである。淫蕩な要素を滅菌消毒してしまっては、その面白さは台無しである。
だから、この挑発的な本は、古来、堂上貴族やその姫君たちがカラダで堪能してきた読み筋を、ぶっちゃけこんな感じなのよね、と教えてくれるような破壊力がある。(ような気がする)
その仕掛けのひとつは、「ひかりナビ」という解説だろう。
本文の区切りのいいところで、そこまでの話の流れをまとめたり、出典や言外の意味、ときには定まっていない専門家たちの解釈を紹介したりして、ちょうどいいリズムで読めるんだな。若い姫君に女官が、源氏を語りながら、ときどき、「姫、ここはこういう意味なのでございますよ」なんて解説し始めるような塩梅で、おそらく源氏というのは、本文のヴォイス、登場人物それぞれのヴォイス、そして主人に語って聞かせている当の読み手のヴォイス、そういう多声的な語りが、聞き手である「読者」の体に沁み込むようなものだったのではないかしらん。
本書、ちょうど、オースティンのP&Pやナボコフのロリータのコノテーション版を読むときのような贅沢感があってたいへんよろしい。
大塚ひかり全訳の源氏は全6巻。1巻読むのに三ヵ月くらいかけているのでこの調子だと宇治十帖までいくのは二年がかりになりそうである。そういう本の読み方がいまはなんだか楽しい今日この頃なんであります。
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コメント
『平家物語』の本質に迫ったエッセイ
すべった大河の相乗りじゃないかと思われそうですが、
大塚さんが「女嫌いの平家物語」を出版されました。
安心して読めましたし、納得の出来で、おもしろかったです。
「源氏物語」もすごいおもしろそう!。
むむ、これは読まねばなるまい・・・。
しかし、大塚さんが歴史や伝統に目が行くのか、
不思議だったんですが、さすがネット。
探したらこういう事かと・・・。
http://www.birthday-energy.co.jp
もともとそっちに目が向く宿命で、他の方向に目が
行かないそうです。
しかも異性が云々と語っておられるのに、配偶者を手に入れるのに壮絶な戦いとか、女泣かせな相手とか、まぁ大変ですね。
大河の方はなぜかウケが悪いですが、
大塚さんの作品を読んだあとなら楽しめるかも。
投稿: カタクチイワシ | 2012/08/11 23:29