松本幸四郎の俳句、松たか子の俳句
幾千の木漏日いだき山眠る 錦升
日経新聞の連載「私の履歴書」、今月は松本幸四郎が書いているのだが、今日の分はとくに面白かった。
1942年生まれの高麗屋が俳句を始めたのは二十代後半からということなので、句歴はざっと四十年以上になる計算だ。俳号は錦升。
最初の手ほどきは母親からお受けになったという。(このお母様が諸事にわたってすぐれたかたであったことが連載の冒頭に熱心に語られていたことも印象深い)母親の師匠は、その父(つまり幸四郎の祖父)である中村吉右衛門である。吉右衛門の俳句は、このブログでも以前、取り上げたことがある。(こちら)
新聞をお読みになっていない方もおられると思うので、以下は今回の文章の引用――
祖父の句に「雪の日や雪のせりふを口ずさむ」というのがあった。中学生のころは、功成り名を遂げた名優がコタツにあたりながら詠んだ風流な句というような感じしかもっていなかったが、父の死をみとって大阪の襲名披露公演に戻る機中、ふいにその句が口をついて出た。実は自分が今出ている舞台で、雪のセリフをしゃべっていることに気がついたのである。祖父のその句は雪が降っても、親が死んでも、舞台でセリフをしゃべっている役者の宿命を詠んだものだったのだ。
役者というのは、毎日の肉体労働で心身へとへとになっているものだから、こういう短い十七文字くらいしか最後にはしゃべれない、つまりは役者松本幸四郎の労働句なんだよ、と韜晦しながらも、セリフはしゃべっていない時のほうが難しい、俳句はその一瞬の間を教えてくれる、という言葉にはさすがに説得力があるね。
ちなみに松たか子も俳句を詠むのだそうな。
打ち出して銀座は薫る月の道
オフィーリアを勤め終えての帰路に詠んだ句だという。いいですね、これ。
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