恐竜の尻尾
警察っていうのは、豆粒大の脳みそをもった恐竜みたいなもんだ、身動きできないし、足もとさえ気をつけてりゃいともたやすくだしぬける。
ジョナサン・ケラーマン『少女ホリーの埋もれた怒り』
子どもの頃になじんだ理科の知識が、いつの間にか時代遅れとなっているということがある。大げさに言えば、パラダイムシフトってことになるのだろうが、何万年、何億年前のことは、もうはるか時の彼方の変えようのない事実なのに、それがなんであったのかということが、現代のたかだか数十年でころころ変ってしまうのはなんだか可笑しい。
たとえば、わたしが子どもの頃に眺めていた百科事典で、大好きだったのがジュラ紀や白亜紀の想像図である。巨大な羊歯類、いろんな草食恐竜、それを襲う肉食恐竜、遠くに火山の噴火なんてのがお決まりのカラー図版だが、むかしは恐竜は、その巨大な尻尾を、ずりっ、ずりっと、地面に引きずるような感じで描かれていましたね。
ひどいのは大型の肉食恐竜で、垂直に突っ立って、異様に小さな前肢をちょっこと突き出し、後ろに倒れないように長い尻尾を地面にのばして躯を支えていた。緑色の稲妻形の模様なんかを躯につけていたりして。子供心に、こいつら、かっこ悪いよなあと思っていましたな。
百科事典の解説に、恐竜は身体があまりに巨大であるために神経の伝達に時間がかかり、尻尾の先に岩が落ちてきても、脳にその信号が伝わるまで数十秒の時間がかかるのです、なんて書かれていたりした。ほとんど間抜け呼ばわり。(笑)
ところが、やがて、恐竜は鳥と同じように俊敏に動く生き物だったというコンセプトになり、ジュラシックパークの映像で、ああ、どうやらこっちのほうが本当みたいだなとみんなが思ったのじゃなかろうか。わたしは、あれにすごく納得して、子どものころの、かっこ悪いなあという不満を取り払うことが出来た。
リチャード・フォーティ『生命40億年全史』(草思社)によれば、大英自然史博物館のメイン展示ホールにある復元模型は、1990年代まで、その復元イメージは旧来タイプだったとあります。
背骨の長さ25メートルという巨大なディプロドクスの復元ですが、その尾っぽは元気のなく後方に垂れ下がり、一番端っこのほうがダリの画のように小さな支柱でささえられていたらしい。目の前にこの尻尾の先があるので、この先端部分の骨——といってももちろん石膏のレプリカ——は頻繁に盗まれてしまった。そのため、展示ホールの裏の小部屋にはその骨の複製をたくさん入れた専用の箱があって、盗られても翌朝の開館までにすぐ修復していたのだそうですから笑ってしまうね。
しかし、恐竜の尻尾の機能を力学的に解析すると、あれは長い首とバランスをとるためのもので、東京ゲートブリッジではないが、尾はもっと高く掲げられ、鞭のように元気よく打ち振られていたという新しい解釈が主流になりました。
てなことで、ようやく、大英博物館もその復元模型の再構成をすることになり、尾っぽの先端部分が人の手の届かない高い場所につり下げられることに。こうして、このジュラ紀の巨大恐竜は悩まされていた盗難被害とおさらばできたのだそうです。めでたし、めでたし。
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