農工商の子供たち補遺
私の妹は花野という名前でした。私が農一などいう変わった名前なのに、妹は名前があんまり良すぎたせいでしょうか、まだ四つのときに急に亡くなりました。きれいで、頭がよくて、しっかり者でしたから、生きていてくれたらどんなによかっただろうと、今でもときどき思うことです。「死児の齢を数える」たぐいでしょうか。
この本は季語にことよせて作者の思い出などが書かれているのだが、妹の名前が出てくるのは「花野」の項目。「紅葉」という項目には、こんな作者の俳句がさりげなく出ている。
ままごとのお金はもみぢ兄いもと 井本農一
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コメント
ごぶさたしてます。
なんとはなしにお寄りしました。
この方面暗いので、井本さんという国文学者は存じ上げませんでしたが、妹さんの話にはほろっときました。
私には生後90日で早世した姉がいました。初産の若い母は、自分も一緒に墓に入ると小さな棺に取りすがって泣いたそうです。老いても思い出すように、あんたの姉さんが生きていればねぇ、としんみり呟くのでした。
身を裂くような悲しみでさえも、受け止めることを可能にさせる人の生の不思議さを感じます。
投稿: renqing | 2013/11/16 13:30
こちらこそご無沙汰をいたしております。
そうですか、なんだかしんみりしますが、お母様がいつまでもずっと憶えておられる、そのことだけはとても美しいことのように思えますね。
投稿: かわうそ亭 | 2013/11/16 19:54
お気遣いいたみいります。
井本さんの言葉に、
「妹は名前があんまり良すぎたせいでしょうか」
とありますが、読み直すとここに井本さんの亡き妹さんへの慈悲と、その悲しみを受け止める諦念が込められているようで、またしてもほろりとしてしまいました。
投稿: renqing | 2013/11/16 23:05