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2014/04/22

軽快にして骨太『卵をめぐる祖父の戦争』

『卵をめぐる祖父の戦争』デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹訳(早川書房/2010)を読む。

オハナシの舞台は1941年の夏からおよそ900日続いたレニングラード包囲戦。
ドイツ軍による砲撃や空襲もさることながら、補給路を完全に断たれた大都市には飢餓が広まり100万人ともいわれる市民が死んだ。飼い犬に続き、街からすべてのネコが消えたので、ひとときネズミはよろこんだが、たちまちかれらも食い尽くされた。いよいよ食べるものがなくなると、肉はもうあれしかない。道ばたの親子の屍は、尻のところだけ切り取られて放置されている・・・

そんな街に残った十七歳の少年レフが、死んだドイツの落下傘兵を見に行って、ナイフを分捕り、装備品のフラスクの酒を仲間とまわし飲みしていたところをロシアの兵隊に捕まってしまう。夜間外出禁止令違反の上に、いかに敵からとはいえ略奪行為の最中だ。とっくに裁判なんてものはなくなった。即刻銃殺を覚悟したら、ネヴァ河畔の悪名高い<十字>という監獄にぶち込まれ、そこで出会ったのが赤軍の脱走兵コーリャである。

脱走したんじゃない。自分の卒論「ウシャコヴォの『中庭の猟犬』考——現代社会学的分析のレンズを通して」を守ろうとしたんだよ。え、ウシャコヴォを知らないって?なんと学校教育のレベルもここまで低下してしまったか。「ふたりが初めてのキスを交わした小屋には、まだ鼻をつく子羊の血のにおいが漂っていた」これが冒頭の一行だ。もっとも偉大なロシアの小説だという者もいる。それなのにきみは聞いたこともないとはな・・・。

のっけから軽快なテンポで、ふたりの卵探しの冒険が始まる。こんな悲惨な包囲戦のさなかになんで卵探しなのかといえば、秘密警察の大佐の愛娘の結婚式にどうしてもケーキが必要だからだ。レニングラード中探しても卵はない。あるとすれば、ドイツ軍が制圧している郊外の農家だろう。しかたがない、行こうじゃないか。でも弾はドイツ軍からも赤軍からもパルチザンからも飛んでくる。いやはや、ばかばかしさのまっただ中での犬死覚悟の弥次喜多珍道中である。

途中でパルチザンの女狙撃手が合流し、最後の大勝負はナチのアインザッツグルッペンの少佐とのチェス試合。
さてここで、聞き慣れないアインザッツグルッペン(Einsatzgruppen)という言葉が出てきましたね。本書の中にこういう説明があります。

六月以降、ロシア人はドイツ語の特別授業を受けており、その結果、あっというまに何十ものドイツ語が日常生活の語彙にはいり込んでいた。パンツァー(戦車)、ユンカース、ヴェーアマハト(ドイツ国防軍)、ルフトヴァッフェ(空軍)、ブリッツクリーク(電撃戦)、ゲシュタポ。その他もろもろの大文字で始まる名詞。アインザッツグルッペンという言葉を初めて耳にしたときには、そのほかの言葉のような邪悪な響きはなかった。十九世紀のつまらない喜劇に出てくる気むずかしい会計士の名前のように聞こえた。それが今ではもう少しも可笑しな名前ではなくなっていた。新聞記事やラジオの報道、伝え聞く噂であれこれ知った今ではもう。アインザッツグルッペンはナチスの死の部隊だ。正規軍や武装親衛隊、ゲシュタポの中から厳選された——残忍なまでの有能さを持つ純血のアーリア人から選ばれた——殺人者集団だ。ドイツ軍が他国に侵略するときには、アインザッツグルッペンが実戦部隊のあとに続き、戦域が確保されると、自分たちの標的を狩りにいく。共産主義者にジプシー、知識人、それにもちろんユダヤ人。

いやあ、この悪役が、また悪い奴なんだな。なんとしてでも殺せ、こいつだけは、とすっかり熱が入ってしまう。骨の太い娯楽小説として堪能できました。
ところで、もっとも偉大なロシア小説、ウシャコヴォの『中庭の猟犬』のことはもちろん物知りのみなさんはよくご存知でしょうね。これと、チェスの勝負とのふたつが、わたしのつぼに見事にはまりました。(笑)

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