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2014/04/09

恋の奴隷考

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昨日、NHKの「The Covers」を見るともなしに見ていたら、リリー・フランキーが奥村チヨの「恋の奴隷」のことを紹介していた。1969年、なかにし礼作詞、鈴木邦彦作曲のヒット曲であります。わたしくらいの年配ならこのあたりの歌謡曲は、かなしいまでに空で歌える。で、当然のように耳に残ってしまい、次の日も畑で畝立てなどしながら一日中歌ってしまうはめに陥った。鍬をふるって、「あなたにああった、その日からあ、っと」とやっていたわけであります。とんだ阿呆である。(笑)

それはそれとして、そうやって歌いながらですね、思ったわけですよ。よくまあ、こんな歌が許されていたなあ、あの頃は。

同世代から上の方には説明不要だが、若い方はこの歌詞にはなじみがなかろう。まあググれば歌詞もわかるし、YouTubeで奥村チヨの歌も聴けるけど、なにしろひどい歌詞なんだよね。あなたが右を向けとおっしゃれば右を向くわ、それが幸せ。わたしが悪いときはぶってちょうだいね。影のように付いて行くから、好きなときだけ思い出してくれればいいの。わたし、あなた好みの女になりたい云々。

でも当時はこの歌、今でいえば阿部サダヲたちのグループ魂の楽曲みたいに、笑いを取ろうと狙ったあくどい冗談の楽曲だったわけではない。掛け値なしに歌詞通りのことを本気で歌っていたはず。しかし、国民的なヒット曲ですからねえ。なにしろ、小学生だって「わるいときはどうぞぶってね」なんて大声で歌っていたのであります。ありえへん。(笑)

いや、この歌は、じつは当時の自民党政権下の日本とアメリカのことを皮肉っていたのよ、という冗談をいま思いついたが(笑)、まあ、世の中と言うのは、半世紀もたつと、ずいぶん変わるもんだと思う。

では歌詞そのものに真実はないのか、といえば、それはあるだろう。男と女というのは、千年前もいまも同じじゃないかといえばそれはその通りで、そういう意味では、なかにし礼さんの名誉のためにも、この歌詞はたしかに恋する女の一面をあざやかに切り取っていると評してもかまわない。

ただ、こういうあけすけな感情の吐露を社会が許すかどうかは別の問題で、これを進歩というかどうかわからないが、個人の幻想の垂れ流しは、それを嫌う人がいるかぎり、抑圧されることになるのだろう。どこか嫌煙権の話に似ているかもしれない。

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