『ツリーハウス』角田光代(文藝春秋/2010)を読む。
じつは先週、図書館から借りて、立て続けに読んでいたのは、ほとんどが鴻巣友季子さんの書評集『本の森 翻訳の泉』にあった本だ。
『夏目家順路』『末裔』そして本書『ツリーハウス』。いずれも女性作家による二代、三代にわたる家族の年代記である。同時に地べたからみた現代史という感もある。もちろんいまどきの小説だから、時間の流れは複雑で、現在と過去が入り組んで、ややこしく進行するけれど、単純化すれば、祖父や父が死んで、残された家族が、故人の知られざる過去をいろんな角度から発見しながら、自分自身のルーツをたどっていく、というスタイルをとっている。
なかでもこの『ツリーハウス』は、いちばん長いこともあって、読み応えがあった。奥付によれば、「産経新聞大阪本社夕刊にて2008年10月4日から2009年9月26日まで毎週土曜連載」とのこと。ためしにざっと文字数を計算すると、原稿用紙にして800枚くらいの作品だから、まあ、そんなに長いというほどではないが、もっと長いのを読んだような満足感を得られる作品だな。
神武建国の五族協和という理想やら、疲弊した農村から満州に行って真面目に開拓すれば、一人十町歩の土地が手に入るなどという、偉いさんらのうまい演説に乗せられたわけではない。男は、ただ漠然と、果てのない大地や広い世界に憧れて満州移民の開拓団に応募した。
キャバレーの女給になったら絵描きの客に口説かれた。狭い日本にゃ住み飽きた、一緒に満州へ行こうと誘われた。はじめての男だった。ふと満州に行ってもいいかと思った。貯めていた給金で二人分の費用を出して、東京駅で待ったが、男はもらった旅費を着服して逃げた。怒りも悲しみもなかった。列車に乗り、船に乗り、大連から新京に向かう列車のなかで、飴玉みたいな橙色の太陽が地平線に沈むのを見て、そうかわたしはこの景色が見たかったんだと女は思った。
新宿のさえない中華料理屋「翡翠飯店」のルーツを辿っていくと、この男と女とに行き着く。どちらも、ただぼんやりと不確かなものに憧れ、しかし、ほとんどは流されるままに生きて世に翻弄された昭和の日本人の底辺のふたり。
その子供達は団塊の世代。そして孫達はいまのニート世代。
この三つの世代が、それぞれあるときは60年安保の喧騒や、またあるときはベトナム反戦の新宿騒乱を背景に、またあるときは漫画家志望の青年の交友やオーム真理教の出家騒ぎなどを背景に描かれる。新聞の三面記事や、いまはあまり見かけないが昔はよくあったグラフ雑誌のモノクロ写真が頭に思い浮かぶ。
題名のツリーハウスは、実際に物語の中で登場人物たちによってつくられるものでもあるのだが、もちろんこの翡翠飯店の大家族のハウスのありようを象徴するものでもある。風通しがよく、うるさい干渉もうけず、気晴らしにちょっとあがって昼寝をしたり、漫画を読むにはたのしい場所だ。だからといって、これをほんとうの住処にできるわけもない。おれたちは根無し草なんだ、ここは根無し草が、根無し草らしいやり方で、なんだか家みたいなものをつくっているけど、これはほんとうの家じゃない、ツリーハウスみたいなもんなんだ、という思いが伝わってくる。
しかし、根があるように見えて、けっきょく人間というのは、みんな根無し草じゃないか、というさめた感慨もわいてくる。
意外に爽やかな読後感でこれはオススメ。
コメント
俳画の清水です。ほんとにおひさしぶりです。
カズオ・イシグロの『The Unconsoled』は、私も読みましたが、不思議な流れの小説でした。それまでのイシグロさんの作品との違いに戸惑いました。最近作のThe Buried Giantを読みました。これも似たような感じですが、底流になにかあることを感じさせる小説です。
投稿: 清水国治 | 2015/05/06 19:06
やあ、どうも、本当にお久しぶりです。お元気で何より。
The Buried Giant 良さそうですね。新作が出たなあ、とFacebookのカズオイシグロのタイムラインで知ってはいたのですが、いま、amazon を覗いてみたら、もう土屋政雄訳で翻訳が出ておりました。早い!
投稿: かわうそ亭 | 2015/05/06 20:15