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2015/04/13

モンティ・ホール問題再び

もう2年ほど前になるが、このブログに数学のモンティ・ホール問題について書いたことがある。三つの選択肢のひとつだけが正解で、残る二つは不正解。解答者は、これにしますと選択をしたあとで、残りのふたつのうちの不正解はどちらか教えてもらえる。その上でもういちどだけ選択を変えるチャンスがあたえられる。この場合、最初の選択を変えたほうがいいのか、堅持したほうがいいのかという問題である。くわしいことは以前の記事に書いたように、結論は最初の選択を捨てて、やり直したほうが2倍確率が高まるというもの。《こちら》

イアン・マキューアンの『甘美なる作戦』を読んでいたら、このモンティ・ホール問題が登場した。主人公はケンブリッジの数学科を(劣等生で)出て、1972年にイギリス情報部の下級職員に採用された美女。新進の有望作家を、本人も知らないままに西側陣営の有利な言論を発信する大物に育てようという作戦の工作を任せられて作家に近づくのだが、本気で惚れてしまうというダメスパイであります。

モンティ・ホール問題は、数学のかわった議論はないかと訊かれた彼女が教えてやって、やっと理解できた作家がよろこんでこれをネタにした短編小説を書くのだが、それが成立しないというふうに展開する。

小説家が書いたのはこういう話だ。
妻の浮気を疑った男が外出する妻を尾行してホテルにまでやってくる。エレベーターの表示から妻が男と居るはずの階はわかった。ところが、そのフロアには三つの部屋がある。401と402と403。

男は迷った末に、中に妻がいるのは三分の一の確率だから、とりあえずどれでもいいからドアを蹴破って踏み込もうと、401号室のドアを選んだ。蹴ろうとしたちょうどそのとき、403号室のドアが開いて、赤ん坊を抱いたインド人の夫婦が出てくる。

そこで建築家であり、数学にも強い男は考える。最初に蹴破ろうと選んだ401号室が正しい確率は三分の一。のこる二つが正解である確率は三分の二。いまやこの三分の二のうちの一つが空き部屋になったわけだから、402号室が確率三分の二となったわけだ。「確率論の厳密な法則はどんな場合にも揺るがないから、ばかでもなければ最初の選択にしがみつくことはないだろう」そして男は402号室に飛び込んで、裸の男に平手打ち、妻には冷たい軽蔑の視線を与えて離婚の手続きを始めるためにロンドンに引き上げる・・・

ところが、この草稿を見せられた数学科卒の主人公は、これはまずい、短編の中の男の考えは数学的に成立しないので、けっきょく小説家はまったく理解してなかったのだ、と焦る。責任は説明が不十分だった自分にもあると対案を手紙で書き始めるのであります。

さて、これはかなりややこしいですね。なんで、これはダメなのか。
理由は、インド人夫婦がどの部屋から出てくるかというのはまったくの偶然で、モンティ・ホール問題の司会者の不正解の告知はそうではないというところにあるらしい。

つまり小説ではたまたまインド人夫婦は403号室から出てきますが、かれらが401号室から出てくる可能性だって当然あるわけですね。その場合は、短編の寝取られ男の選択は残るふた部屋の五分五分。だから、同じように、たまたま403号室が空き部屋になったとしても401号室と402号室のどちらにふたりがいるかはまったく同じ確率になる——ということだと、わたしは一応理解したのだが、完全に納得はできておりません。最初の選択後の不正解の告知が偶然によるものだったら確率は二分の一だけど、同じ告知であってもそれが偶然ではなく定められた手順によるものだったら確率は三分の二に跳ね上がるようにみえますものね。なんか騙されたような気がする。量子力学の観察者効果を聞いた時のようなモヤモヤ感がある。

マキューアンも、たぶん、実際にこういう短編をつくって専門家に、ああ、これはね、ダメなんだ、なんて言われたに違いないとわたしはにらんでおります。(笑)

ところで、『甘美なる作戦』のほうは、なかなか楽しい小説ですが、ラストはどんでん返しというほどでもないね。ああ、やっぱりそうきましたか、とマキューアンのファンなら最初から予想ができる。それよりも、いまから考えると冷戦というのはいいものだったんだなあ、と対テロ戦争なるものの渦中にある時代から見ると、そう見える。(もちろん見えるだけで、本質は同じであることはわかってますけど)それは、ちょうど映画「ゴッド・ファーザー」のころはよかったと、映画「悪の法則」を見ながら思うのにちょっと似ているかもしれない。

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