カズオ・イシグロの熱心なファンなら知っていて当然なんだろうが、わたしは今回、はじめて知ったので、ちょっとご紹介。
きっかけは、オムニバスのCD「Jazz Woman」をなにげなく聴いていたときのこと。ほとんどがスタンダードナンバーのなかで、ある曲がやけに新鮮だった。「おや、知らない歌だけど、いいじゃないか、これ」と思った。リピートさせて、どれどれ、とライナーノーツを読み始める。ちなみにLPレコード時代と違って、CDのライナーノーツって、よほど興味をひかれないとまず読まないよね。字が小さすぎて。
さて、歌のタイトルは「アイス・ホテル」。歌っているのはステイシー・ケントという人だとわかった。(もちろん世界的に有名な歌手。わたしがたんに知らなかっただけ)
演奏もいい。歌もうまい。声もよろしい。なにより歌詞がきれいに聞き取れる。ふーん、しかしこの歌詞いいなあ、と思って短い解説を読んで驚いた。作家のカズオ・イシグロが作詞を担当した、と書いてある。
なお、この曲、YouTubeで視聴できますので興味があればどうぞ。
(こちら)
おやおや、とさっそく調べてみると、こういうことらしい。
2002年に、カズオ・イシグロは、BBCの radio4 の desert island discs というインタヴュー番組に出演した。これは要するに「無人島に持っていくレコード」で、有名人に好きな音楽のことを自由に話してもらうという企画だ。(注1)
そこで、ブッカー賞作家が、自分の好きな音楽としてショパンやボブ・ディランなどと併せて紹介したのが、ステイシー・ケントだった。
ところが、たまたまその放送を、ステイシー・ケント本人が、夫であり音楽プロデューサー、サックス奏者でもあるジム・トムリンソンと聞いていたというのでありますね。ステイシー・ケントは、以前からカズオ・イシグロの愛読者だったので、びっくり。さっそく、ありがとうのeメールを(たぶん事務所とエージェント経由で)送って、そこから両者のおつきあいがはじまった、ト。
お互いに夫婦でランチをとったり、コンサートの楽屋を訪ねたりという交際だったが、2006年にステイシーがレーベルを移籍して最初のアルバムをつくるときに、思い切って作詞を依頼したというのですね。そして、このアルバム「Breakfast on the morning tram」のためにカズオ・イシグロは4曲の詞を書きました。
そして、びっくりするのが、そのときの胸の内をあきらかにしている作家の述懐です。
I don't know whether they knew, but songwriting was an old passion of mine. Earlier in my life I'd been a singer-songwriter until I turned to fiction. So I was both excited and daunted at the idea, as I'd not done any since I was 21. But I went to their house and the next phase of our friendship started.
(注2)
なんと若い時のカズオ・イシグロはシンガー・ソングライター志望だったんですねえ。いまでもステーシー・ケントが夫婦で遊びに来ると、カズオ・イシグロがギターを弾いて、一緒にセッションするらしい。
ところで、アルバム「Breakfast on the morning tram」におけるカズオ・イシグロの詞は、不思議な魅力に満ちています。小説「UNCONSOLED」の世界と共鳴するところが多いような気もしますが、小説と違ってどこかに明るい希望のようなものも感じられて、大好きです。
注1)この録音はBBCのアーカイヴスで聞く事ができます。(こちら)
ただし、ふつうに再生ボタンを押してもエラーになりますので、Download MP3のボタンを押してください。40分くらいの内容です。わりと聞き取りやすい英語です。はじめてカズオ・イシグロの声を聞きました。
THE INDEPENDENT
How we met: Stacey Kent & Kazuo Ishiguro
Sunday 22 September 2013
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