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2015/12/01

ホッファーその他

Img_0421『はじめての短歌』穂村弘(成美堂出版/2014

「ということは、短歌においては、非常に図式化してしていえば、社会的に価値のあるもの、正しいもの、値段のつくもの、名前のあるもの、強いもの、大きいもの。これが全部、NGになる。社会的に価値のないもの、換金できないもの、名前のないもの、しょうもないもの、ヘンなもの、弱いもののほうがいい。」たいへんよくわかる短歌の「からくり」。ただし、わかったからといって誰でも詠めるわけではない。たとえば、こんなインパクトのあるやつ。

三年ぶりに家にかへれば父親はおののののろとうがひしてをり   本多真弓


『短歌ください その二』穂村弘(KADOKAWA2014

おもしろい、ということと、詩情とが絶妙にマッチしているという歌は少ない。この企画の場合、どうしても前者に比重がかかって、かつての糸井重里の万流コピー塾みたいな感じになる。一例——


ジャージ着た七三分けの先生に服装検査される屈辱  (麻倉遥・女・27歳)


『波止場日記 労働と思索』エリック・ホッファー/田中淳訳(みすず書房/2014

「始まりの本」というみすずの新しいシリーズの一冊。この企画、広告では「すでに定評があり、これからも読みつがれていく既刊書、および今後基本書となっていくであろう新刊書で構成する」とある。ただホッファーの魅力を伝えるには、この本が最適なのかどうか、ちと疑問ではあるけれども。

学校教育を受けず、渡りの農務労働者、砂金堀り、サンフランシスコの沖仲士として稼ぎながら、行く先々の図書館で本を読むという人生を送ったホッファーが、自分の思索について書くことができるのではないか、と初めて思いついたのは、モンテーニュのエセーを読んだことがきっかけだった。1936年の冬、砂金堀の山中で雪に閉じ込められたホッファーは、エセーを三回通して読んでほとんど暗記してしまったという。そしてこの16世紀の貴族が語っているのはつまるところ自分(ホッファー)のことだと悟った。モンテーニュを読もうとその本を持って行ったのではない。雪の山中で身動きできなくなった時のための本だから、ただ分厚くて活字がぎっしり詰まった本ならなんでもよかったのである。

ホッファーらしい文章とは次のようなもの。


自由に適さない人々-自由であってもたいしたことのできぬ人々-は権力を渇望するということが重要な点である。p.191


文明の誕生は新たな問いの挑戦なしには考えがたいけれども、アジアの文明はひとたび成立すると、問い以前にすでに答えがあるかのように機能した。

西洋の伝統の外では、権力を自然と同等視し、自然の大洪水の前に頭をたれるごとくに暴政の前に頭をたれる傾向がある。p.226



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