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2017年4月

2017/04/18

女房を返してくれ

『ソ連史』松戸清裕(ちくま新書/2011)
『ソビエト連邦史 1917-1991』下斗米伸夫 (講談社学術文庫/2017)

とくに意識したわけではないけれど、今年はロシア革命100周年。ひとつの強大な国家が、人間の一生とほぼ同じほどの年月で、誕生し、そして死んでいった。
74年の歴史を一望したとき、ソ連という存在はただ「悪の帝国」として括ってポイすればいいのかというと、必ずしもそうではないような気がする。今の北朝鮮と一緒でしょ、と言われてはあまりに気の毒である。

上記の『ソ連史』の方で、意外だったのは、ソ連における選挙というのが、共産党の一党独裁だからいわゆる民主主義とは正反対のものかと言えば、必ずしもそうとは言えず、地方レベルでもあんまりおかしなのが立候補すると国民がそっぽを向いて投票しないので、中央も人間としてまともな、ちゃんとした共産党員を候補者にしなきゃならんかったという仕組みである。民主的な選挙で選ばれたらしい今の日本の国会議員を見て熟考すると、かつてのソ連をそんなにバカにはできない。

『ソビエト連邦史 1917-1991』は、上と同じくソ連の通史だが、少し変わっているのがスターリンの右腕として内政や外交を仕切ったモロトフを「補助線」にしているというところ。まあ、興味があれば、というところだけれど。ところでモロトフといえば、ああ、あのカクテルの人ね、ということで名前くらいは知っているが、具体的なところはほとんど知らなかったな。

この人のエピソードで面白かったのはこんな話。

スターリンが死んだとき、その葬儀当日がモロトフの誕生日だった。フルシチョフとマレンコフがプレゼントは何がいいと聞いたら、女房を返してくれと答えた。実は、モロトフ夫人ジェムチュジナはユダヤ人で、結婚前はウクライナの共産党書記、結婚後も政府の委員をするたたき上げのボリシェビキで、モロトフが外務大臣として1936年に訪米したときは一緒にホワイトハウスに招かれたこともある。ところが1948年の革命記念日に、そのときイスラエル大使としてソ連にきていたゴルダ・メイヤーとヘブライ語で親しく会話していたことがスターリンの疑念を招き逮捕、カザフに追放という処分を受けていたのだそうな。うーん、古女房を大事にするなんざ、女房と畳は新しいのに限るという感じのどこかの大統領とは違うね。

もっとも、モロトフいいやつじゃん、なんて思われてはいけないので、もう一つエピソードを。

ソ連の大粛清時代(1937年から38年)の記録がゴルバチョフ時代に公開されたが、ちゃんとした司法手続きを経た逮捕者の数がおよそ140万人、うち約69万人が銃殺された。このうちのある一日(1938年11月12日)を例にとると、スターリンとモロトフの二人だけで3167名への銃殺指示を出しているんだそうな。いや、はや。

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2017/04/10

俳句年鑑ほか

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『角川 俳句年鑑 2017年版』
個人的にちょっとだけ調べたいことがあって借り出す。目的を果たした後で、せっかくだから全体をざっと斜め読み。なんだかつまらない俳句が多いなあと思ったが、まあ、そんな偉そうな言い方は良くないな。ともあれ、そんな中でとくに印象に残ったのは嵯峨根鈴子さんという俳人。こういうの——

鬼太郎の母の名知らず雲の峰
てぶくろのわめく形やまた嵌める
この雛のかほには少し嘘がある
もにやもにやとキャラメル剥くや日の盛
で、そこのその石が墓われもかう

お名前でググるとごくごく簡単なプロフィールはわかるが、なんか面白い。

『俳句と暮らす』小川軽舟(中公新書/2016)
12年前ばかり前に、藤田湘子の遺命で主宰として「鷹」を継いだ時、編集長の高柳弘とのコンビに対して岸本尚毅が「健気なる「幼君幼家老」の風情」なんて揶揄したことを知って、そうかずいぶん若い人が大きな結社を率いるんだなと感心したものだが、その小川軽舟も55歳を過ぎて、サラリーマン生活(なんと銀行員を辞めずに二足のわらじを履いていたんですね)も残りわずかなんだそうな。嫌味の意味は込めずにこれは賢い人だなあとあらためて感心。いや、ホントに嫌味じゃないってば。

死ぬときは箸置くやうに草の花  軽舟

『ネロ・ウルフの事件簿 黒い蘭』レックス・スタウト/鬼頭玲子訳(論創社/2014)
ネロ・ウルフものは割と好み。あんまり古びた感じがしないのは、新訳のせいかも知れない。

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