俵万智の短歌はむかしから好きで、新しい歌集が出ればかならず目を通して来たし、月刊の短歌雑誌をぱらぱらと拾い読みするときも、彼女の作品を見つけたら手をとめてゆっくり読み始めることが多い。ああ、うまいよなあ、といつも思うのだ。
もっとも、短歌は好きだが、作者のほうは、わざわざややこしい生き方を選んで、それを売り物にしているように見える(実際はもちろん違うのでしょうが)ところがあまり好きになれない。そういう生き方をしても似合うような人と、そういうタイプじゃない人が世の中にはいて、この人はどうみても、外見的にはそういうタイプの人ではないと思うので、なんだかイタいのでありますね。すみません。
デビュー以来の歌をまとめた自選歌集『会うまでの時間』と、息子の誕生と子育てをテーマにした『プーさんの鼻』が出たのが2005年の10月。とくにプーさん以後は、微笑ましい子育て短歌を雑誌などで読ませてもらって、まあそういう境地も悪くはないかと愛読者としては思って来た。
この間の作品としては、たまたまノートに書き写したものがあったので、ここにまとめておく。
まず「短歌研究」の2007年6月号から抜いたもの。題名は不明。
ボタンはめようとする子を見守ればういあういあと動く我が口
「オレはジャイアン、オレはジャイアン」と歌えどもどこから見てもおまえはのび太
子どもだましにだまされるのが子どもにてタコさんウィンナーうさぎのリンゴ
子の声で神の言葉を聞く夕べ「すべてのことに感謝しなさい」
トランポリンがそんなに好きかいつまでもとらんぽりんと五月を弾む
つぎは2008年の1月頃のノートから。やはり短歌誌から抜いたものだろうと思う。これはいったい誰かなあ、と想像し、歌壇に多少の知己のあるらしき人から、じつは○○らしいよ、と言われ、へえ、じゃあ、この子が大きくなってまた歌人になったらすごいね、なんて話したが、これはどうもガセらしくも思われる。まあ、そんなことはどうでもいいことだが。
静かなる時満ちて幼児洗礼の儀式はつづく朝の光に
この子の洗礼望みし人は今病床にあり、秋は青空
最後は、ただ一首のみをノートに書き写している。ほかはあんまり気に入らなかったのか。2008年の7月頃の筆記である。
我が腕に溺れるようにもがきおり寝かすとは子を沈めることか
昨日、ちとカフェで時間をつぶすことになり、手元に読むものがなかったので、本屋で「歌壇」(本阿弥書店)の10月号を買った。
「レインシャワー」という題で俵万智が20首発表していた。
読んで驚いた、ありゃありゃママいったいどうしたの、というような大胆な恋の歌であります。
それは五月、三宿の小さなフレンチの窓際の席予約するなり
約束の時間に向かって秒針が前のめりなる円を描くよ
金曜の世田谷通り紫のプラダの靴が似合う君なり
つま先にコバルトブルーのペディキュアを隠して夏の到来を待つ
雨垂れを模したるシャワーの水やさし君を遠くに連れてゆきたし
ミルク色のシルクのシャツを着ておれば「ヨゴシテミタイ」と動く唇
面痩せて眠る横顔 泥つきの茗荷のような男と思う
遊園地 どこにも行けぬ乗り物を乗り継いでゆく秋の一日
題名の「レインシャワー」はたぶん五首めの「雨垂れを模したるシャワー」ですが、最新のシティホテルなどで使われているちょっとした贅沢なやつですか。なんだか、一気にバブルの頃のいけいけカムバックみたいな短歌だなあ。
作品と作者の実生活を混同するアホな読者がいると嗤われそうですが、それにしてもこの間のシングル・ママと坊やのやや翳りのあるほのぼの短歌にひそかな応援を送っていたお父さんとしては、ちと複雑な心境なのよね、ホント。(笑)
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