8)コンピュータ

2008/03/19

Macの縦書きエディタ

俳句や短歌を読む場合には、手書きのものは当然のこととして、本や雑誌などの印刷物であれば必ず縦書きでなければ、どうも気分が落ち着かない。
しかしコンピュータの画面で読む場合には、横書きの世界にそこだけ異質なものが挟まったようで、かえって縦書きは読みにくかったりする。なかなかむつかしいものだ。
ただ、このブログなどでも、ときどき縦書きの表示がしてみたくなったりするので、ふと思いついて、マックでも縦書きのできるフリーのエディターがあるのではないかと検索してみたら、あっさり見つかった。なんで、もっと早くに思いつかなかったんだろ。(笑)
iText Express というのがそれ。簡単に使えてなかなか便利である。(もちろん、縦書きというのは機能のひとつで、これを目的としたエディターというわけではない)
ダウンロードはこちら
縦書きで文書をつくってスリーンショットでコピペするとこんな風になる。
ちなみに、これは斎藤茂吉であります。

Mokiticapture


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2008/02/06

はてなで連句のひとり遊び

「はてな」が新しく「Hatena Haiku」というシステムの運用をはじめたので、これをつかって連句の独吟でもしてみるかと思い立つ。
「Hatena Haiku」といっても、このサービス自体はべつに俳句と直接関係があるわけではない。
ごくごく短い会話をユーザー同士で楽しむミニブログというのがコンセプトのようである。
一、二行書いて、ぽん、と投稿するのが「ハイク」みたいだというのでこういうネーミングにしたのかな、よく知らないが。
でもまあ、たまたまではあれ「haiku」と名付けられているシステムなら、ハイク的な使い方を誰かがしてやるのもいいのではなかろうか、と思ったのですね。

とりあえず、独吟で半歌仙くらいをやってみようと思うのだが(こちら)、できれば時系列に積み上がる方式と下に並んでいく方式の選択ができると使えるような気がするなあ。
あと、もしかしてやり方があるのかも知れないが、字句の修正があとからできないようなので、この点でもこのシステムで歌仙を数人で巻くのはちと問題がありそうである。
しかし、こういう使い方する人はあまりいないだろうなあ。「Hatena de Kasen」なんてシステム、わたしのために開発してくれないでしょうか。(笑)

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2008/01/22

フレッツ光をつなぐ

フレッツのADSLからフレッツ光に乗り換え。
なにしろ長澤ますみちゃんがかわいいもので、つい。(笑)いやなに、マンションの管理組合が工事NTT持ちなので導入をしてくれたのであります。

NTT西日本の「フレッツ速度測定サイト」で計測すると、だいたい58Mbpsくらい出ていることになっているが、この計測サイトはNTTの回線のなかだけでのスピードなので、実際にインターネットを介して、いろんな経路で接続されたときの速度とは別物。まあ、ちゃんとつながっていますよという意味くらいしかないらしい。

じつはインターネットにある速度測定サイトで計測すると、ADSLのときが4Mbpsくらいで、今回FTTHに切り替えたあとで計測しても、いいときで9Mbps、たいていは4Mbpsなので、あまり変わりはないのですね。
実際、ブックマークしているサイトを表示しても、体感的にはほとんど変化はない。

じゃあ、ダメじゃん、かというと、やはり違いはありまして、具体的にはポッドキャスティングのダウンロードなんかがぜんぜん違う。
BBCとかABCの長さが30分程度のニュースをダウンロードするときに、以前は1本おとすのに2、3分かかることもあったのが、ほとんど数十秒で終わってしまう。
あるいは、大きなサイズの写真をFlickrやCreativePeopleにアップロードするのが、かなり速くなっている。
2211636746_6018e9d4f0 つまり、ある程度大きなデータをインターネットを介して上げたり下ろしたりするときには、なんだか太いパイプでデータが流れる感じなんだけど、それ以外でふつうにブログを見ていくような使い方ではほとんど変わりがないということのようです。

まあ、切り替えの理由はむしろコストが(電話も光にしたので)すこし安くなるからだったので、とくに不満はないのですけれど。
あ、あえて言えば、NTTのレンタルの機器を3台並べないといけないのですが、このバラバラなデザインをなんとかできないのかなあ。(笑)

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2008/01/19

クラウド・コンピューティング

「CNET Japan」のビル・ゲイツのインタビューを読んでいたらクラウド・コンピューティングという言葉がでてきた。
なんでクラウド(雲)というのかよくわからないけれど(インターネットを雲の形で表すんだとかいうのだが、なんのこっちゃ)これは要するに、現在そうであるように一台ごとのパソコンに組み込むかたちでのOSや、そのOSの上でしか動かないアプリケーションには未来はないみたいね、ということだろう。

どんなパソコンだろうと、携帯端末であろうと、ウェブにつながれば、ウェブ上のアプリケーションで文書を書いたり表計算をしたりベータベースをつくったりできる。自分専用の音楽も写真も映画もウェブの中だけで楽しんだりデータをためたり管理できる。

わたしたちに必要なのはブラウザーだけ。

つまりいまでも普通のユーザーにとっては、パソコンというものは、つまるところ見やすいディスプレイ、手になじむキーボードとマウス、そして必要ならプリンターという機器があればそれでいいのだと思う。これまで、わたしたちが大仰にコンピュータの「本体」なんて言っていたものは、たとえば万年筆や腕時計やブローチくらいの大きさのデバイスにできるだろう。あるいは携帯電話の機能のひとつに統合するほうが現実的かもしれない。
会社や自宅や街中のカフェに、ディスプレイとキーボードだけが置いてあれば、この小さな「本体」デバイスを差し込んで(あるいは無線でコネクトして)、いつでもどこでもシームレスにやりかけの作業が、まったく同じコンピュータ環境で継続できる、というのは当面の未来像だろう。その先は?まあ空想できることはあるけれど、いまはやめておく。

OSやアプリケーションのバージョンアップは「雲」の上で行われる。わたしたちの「本体」デバイスは、インターネットにつなぐだけ。こうなりますと、最新OSの発売というおなじみのイベントは無意味になりますな。
わたしたちはついにOSのバージョンアップやらアプリケーションのインストールから解放されるのでありましょうか?

ビル・ゲイツが言う近い将来のクラウド・コンピューティングというのは、たぶんそんな意味だと思うのだが、これを、これまで、ユーザーをOSとそのアプリケーションに縛り付けることで、悪辣に稼いできたマイクロソフトの(かつての)親玉が言うのだから、恐れ入る。

こんな風にOSレベルまでもが「雲」の上に行ってしまうと、一般のユーザーにとってはコンピュータがまったくのブラックボックスになってしまって問題だという意見もあるらしい。まあ、わたしにとっては、いまでも十分にブラックボックスでありますから、別に変わりはないのですが、コンピュータ・サイエンスの学生なんかは、かえってMS-DOSのファンがいたりするらしい。なんとなくわからないでもないけれど。

かつて、SF作家のアーサー・C・クラークは、こんなことを言っておりました。

十分成熟した技術というものは、すべて魔法と見分けがつかない。

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2007/12/11

ラシー

Lacieの外付けハードディスクを買った。
320ギガバイトで税込み19,980円。なんとまあ。

はじめて自分のお金で買ったパソコンは初代の98Noteで、こいつにはハードディスクなんてついてなかった。たしかフロッピーディスク・ドライブがひとつあってこれで通信ソフトを読み込んで、データは本体のCPUの数キロバイトの空き領域かなにかを開放する裏技でそこに一時的に書きためていくなんて使い方をしていたような気がする。よく憶えていないけれど。
あのころは、なにせデータ容量というのは切実な問題であった。大きなデータはダメという感覚がまるでトラウマのごとくしみついているので、はじめて iTunesにCDアルバム1枚入れたとき、70メガバイトくらい平気で食っているのをみて、正直「むむ」と動揺したものであります。わたしの感覚はいまだに「100メガあれば一生モン」の世界にある。(笑)

今回のパソコンのトラブルに懲りたので、いま使っているiMac本体を丸ごとクローンのようにコピーして、最悪の場合、ここからでも起動できるようにしたのであります。(たまきさんに教えてもらった"Carbon Copy Cloner"というソフトを使いましたが、あっけないくらい簡単に起動用可能のクローンができてしまった)

わたし自身に関しては音楽データも写真データも数ギガあれば十分なので、80GBの本体内蔵HDで管理してもかまわないのだが、本体のHDの容量がギガバイト単位で減っていくのはどうも気分がよろしくないので、iTunesとiPhotoのデータは今回外付HDに移しました。今後は、増えていく音楽や写真データがHDの容量を圧迫するなんて気にすることはあまりないんじゃないかな。

2007_1211 Lacie(301209J)は、「あ、安いじゃん(320ギガにしては)」と思って買ったのだが、まあ、音も静かだし本体の下においてけば、さほど目障りでもない。ポルシェ・デザインはともかく、いかにも事務機器ですという外観ではないのが好ましい。
見た目はアルミの固まりみたいだが、手で触ると意外にうすっぺらい。まあ、放熱とかいろんな条件があるのだろう。
不満としては、本体の電源を落としたときに、Lacieの方もスリープ状態にはなるようなのだが、パイロットランプのLEDインジケータが点灯したままであること。HDが動いていないときはやや暗めのオレンジ、作動しているときはこれが輝度を変化させるという仕組みなのだが、気分的には本体をパワーオフにすると外付けHDも完全に落ちてほしいんだなあ。いちいち裏側の電源ボタンを押してHDの電源を完全に落とすのはもちろん面倒くさいのだが、本体が切れたあともHDのLEDだけがついているのはどうも気分が落ち着かない。

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2007/11/29

G5中年漂流記(5)

13日目。救助。
Appleサポートセンターの手配で26日(月)に引き取り、先方で修理を終えて28日(水)に帰ってきました。
不具合の箇所はロジックボードとパワーユニット。
再セットアップ、アプリケーション(そんなにないけど)の再インストール、バックアップしていたデータの再構築などを行う。
この過程で、一度、またフリーズして強制的に電源を落とすことになり肝を冷やしたが、その後はとくに問題なく半日の作業を終える。
もう少し、様子をみないと安心は出来ないが、なんとか遭難前の状態に復旧しつつあります。
幸い、リペアエクステンション・プログラム(期限切れまであと数日でしたが)の対象でしたので、費用の負担はまったくなくてすみました。
なお、今回のAppleサポートの対応は、担当者の応答スキル、ロジスティックの精確さなど、納得のいくものでありました。
たいしたもんだ。
以上、ご報告まで。

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2007/11/25

G5中年漂流記(4)

漂流10日目。手短に。
外付HDにOSをクリーンインストールしてそこから起動させるという環境で、しばらくうまく行ったので、「やった、これで原因判明、内臓HD交換でもとどおりだあ」とガッツポーズしたのもつかの間、この環境でもフリーズしてカーネルパニックを起こしたり、起動しなかったりの不具合発生。
ということで、前から気になっていた、初期のiMacG5にある(とAppleが公式に認めている)ロジックボードの不良の可能性が急浮上。
わたしの愛機のシリアルはこちらのリペアエクステンション・プログラムの対象になりますので、サポートセンターにコールし、明日、検査に引き取ってもらうことになりました。
さて、どうなりますことやら。

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2007/11/21

G5中年漂流記(3)

漂流6日目。
前回は、原因は内蔵ハードディスクのある部位が破損したために、ここに書き込まれるOSの一部が、セーフブートでは切り離されて影響しないが、通常のブートでは組み入れられてしまうので、これが障害を引き起こしているのだと仮説を立てたところまででした。
めんどくさいけど今の音楽ファイルや写真データやメール・ボックスなどのデータを外付けのHDに退避させ、その上で内蔵HDを初期化してOSを再度インストールすれば、なんとかなるでしょ、という規模のダメージ・コントロール予想。

さて、今日は休日なので朝から、データのバックアップをして、OSX10.4のクリーンインストール(HD初期化とOSインストール)を実施。
インストールが無事終了して、再起動すると・・・・

なんと、起動せず。(笑)
いや笑いごとではないな、これは。(泣)

いつものようにグレーのリンゴマーク画面で歯車が回り初め、続いて画面全体がブルーになったかと思うとブラックアウト、以後、完全に応答なしとなります。
念のためインストールディスクからディスクのアクセス権やらディスクの検証もし、さらにHDの初期化も再度行って、もう一度OSをインストールしましたが、まったく症状はかわらず。
さらに念には念を入れて増設メモリーの不具合の可能性も考え、筐体をあけて、メモリーを購入時の256Mに戻して再起動したり、一本ずつ付けては外す試験をしてみましたが、状態はまったく同じですので、増設メモリーは障害の原因から除外してもいいような気がするな。

さて今後の対策は、先述のディスカッション・ボードでアドヴァイスをもらったように

  1. FireWireで外部から起動できる外付HD(手持ちの外付HDはこのタイプではないので)を一時的に入手できないか検討
  2. 入手できれば、それにOSをクリーンインストールし
  3. そこからiMacを立ち上げることができて、しかも長時間使って問題なければ、おそらく問題は、いまの内蔵HDそのものの障害であろう
  4. 新品を買って、HDの交換に挑戦

Imac_damage

という感じでしょうか。ダメージ・コントロールのレベルがひとつあがってオレンジくらいの感じかな。 ま、こういうコンピュータのトラブルは、これを一種の遊びとして楽しむように発想をかえなきゃ仕方がないなあ、やれやれ。

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2007/11/19

G5中年漂流記(2)

漂流4日目。
いろいろ調べてみると、今回、画面に現れたエラー・メッセージはカーネル・パニックと呼ばれていることがわかりました。ハングして画面上で薄い膜のようなものがさーと降りてきてこんなのが出てくる。めったに見られないものらしいが、よかった見ることができて—って違うだろ。(笑)Kernel_p_2

コンピュータの用語でカーネルと聞いただけで、わたしなどは「あ、パス」と思うが、カーネル(kernel)というのは、もともとは果物の種である。梅干の硬い種の中味と思えばよい。つまりはそういう一番芯のところで不具合が起こっているわけだ。やれやれ。

さて、今回のトラブルの原因については、現在のところ「Apple Support Discussion」ボードの回答はふたつの可能性を示唆しておられる。

  • ひとつは増設メモリーの不具合である。
  • もうひとつはハードディスクの不良である。

昨日まではわたしはセーフ・ブートするとあとは問題なく使えることから、ハードディスクは問題がないのだと思っていた。だが、セーフ・ブート・モードで異常がないなら、むしろメモリーは正常で、HDのほうがくさいのではないかという教示を得た。

増設メモリーが原因であると特定できれば、ある意味では話は簡単で、その故障した増設メモリーを外してしまえば復旧するはずである。そしてその後、問題が再発しなければ、もう一度新品のメモリーをつければよい。

やっかいなのはハードディスクに問題があると思われる場合ですね。
この場合は、ふたつの可能性がある。

  • HDを初期化すれば解決できるケース
  • 機器そのものの不良で、初期化しても解決しないケース。

最後の場合は、内臓HDの交換が必要ですから、ここまでくると自分でやるのはめんどくさいので買い替えを真剣に検討しますな、わたしは。(笑)

さて現時点でのわたしの予想は、原因はハードディスクの不良でOSをクリーン・インストール(イコールHD初期化)すれば直るんじゃないかな、というもの。

その理由は

  • 3年使ってきたメモリーが壊れるのと、3年使ってきたHDが不具合を起こすのとでは後者のほうが可能性が高いだろう。
  • AHT(Apple Hardware Test)をインストール・ディスクから実行させてみた結果、メモリーの検査はパスした。
  • HDのトラブルでは初期化することでエラーが修復されるケースのほうが多いだろうという楽観主義。(笑)

ということで、これを検証する手順ですが、うーん目下思案中なり。

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2007/11/18

G5中年漂流記(1)

およそ三年にわたってほとんどトラブルもなく堅牢無比に仕えてくれたわが愛機iMacが突然の不調。
いろいろ手を尽くしているのですが、なかなかうまくいきません。
マックユーザーでない方にはほとんど興味のない話題で申し訳ないが、わたしのところで起こっているトラブルはきっとほかでも起こるであろう。
無事、わたしの文房四宝のひとつとして復活してくれるか、それともいささか早い引導を渡さなければならないことにあいなるか、記録として残しておけば、先々どなたか困った方がググってお役にたつことになるかもしれない。
ご指導いただける方がもしいらしたらぜひコメント欄に書き込みをしていただければと存じます。

まずは愛機iMacの概要。
2004年12月に購入したG5(1.6ギガ)モデルで、1Gのメモリーを増設しています。
その後、2005年5月にOSX10.4(Tiger)をインストール。
2007年10月にキーボードのみアルミの新型に変更。

◆現在のトラブル状況と対応の経過

  1. 家人が使用中にフリーズしたらしく、電源スイッチを押し続けていったん強制終了させました。(これはそう頻繁にはありませんが、過去にも何度かやっています)
  2. その後、電源を入れて立ち上げようとしましたが、青い画面のまま起動しなくなった―というところでわたしが引継ぎ。何度やっても同じ状態。
  3. この時点では、よくわからなかったので手元の初心向けのiMac解説書のトラブルシューティングを参考にして、OSの再インストールというのをやる。「アーカイブしてからインストール(ユーザとネットワークの設定をそのまま残す)」を使用。
  4. 無事立ち上がるようになったところで、とくに問題がないようなのでソフトウェアの更新で、OSX10.411をインストール。これをしないといま使っているiTuneが立ち上がらないため。
  5. 無事更新が終了したので、再起動させると、起動しなかったり、無事起動しても5分くらい使用すると、フリーズして、やはり強制的に電源を落とさざるを得なくなる。(ここまでが1日め)
  6. 翌日セーフ・ブート・モードというのがあることを知り、シフトキーを押しながら電源スイッチを入れて起動。
  7. 無事セーフ・ブート・モードで起動してとくに長時間使用しても問題なし。
  8. しかし、セーフ・ブート・モードを終了させて、通常の再起動をさせると上記5の状態がやはり改善されていない。
  9. ディスク・ユーティリティで「ディスクアクセス権を検証」させると2つばかりエラーがあったので「ディスクアクセス権を修復」させる。ただし、その後の再起動でも5の症状に変化なし。(2日め終了)

◆G5中年の下手な考え(休むになんたら)

  • セーフ・ブート・モードというのは、iMacのもともとの基本ハードだけを使ってブートすることらしいので、これに問題がないということはなにかあとで付加したモノが怪しいということか。
  • セーフ・ブート・モードでいくつかのソフトを試してみたときに、グーグルアースがやたら動作が遅くなっていたことから推理して、もしかしてセーフ・ブートしたときは増設のメモリは使用しないのかな。
  • ということは今回の原因は増設メモリが原因か。
  • でも筐体あけてメモリーいじるのは気が重いなあ。

といった内容を「Apple Support Discussion」のボードにあげました。回答のアドヴァイスで無事「こっちに戻って」くれることになりますかどうか、結果が出るまで連載予定。(笑)

まあいまは、とりあえずセーフ・ブートさせれば(これに5、6分かかるのを我慢すれば)一応こうしてブログへのアップもできるし、メールの受発信もできるので「いいじゃないの、パソコンの不調なんて、最悪、買い換えればすむことでしょ」と、多少太っ腹である、貧乏なくせに。(笑)いや、ホントは買い換えるのはすごく困る、もちろん。

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2007/09/27

キーボード

1447504243_abe10b9910 新しいマックのキーボードを買った。
いままで使っていたのは、ときどきキーの隅っこに指が当たると、きちんと底まで押さえられずに、途中でひかかることがあって、ちょっといらいらっとすることがあった。
たぶんストロークの深さが自分のキータッチの癖と上手く合っていなかったのだろう。
それでも長く使っていれば、やがて自分の指の方が馴れるのかもしれないが、残念ながら昼間は会社のPC(デル)だし、家に帰ってからはマックなので、どうも微妙にキーの位置や感触が違うようで、指の方もどっちに馴れていいものか、まごついていたのかもしれない。

キーボードというのは筆記用具と似たとところがある。
考えながら文章をつくっていくときに「ひかかり」があるとどうも気持ちが悪い。
そういうことが一回でもあると、なんだかもう嫌になって、ものを書こうという気が失せたりするのであります。

今度の新しいiMacを見た時、そのキーボードの見た目が、なんだか電子辞書のキーみたいだなあと思って、いまひとつ好きになれなかったのだけれど(キーボードというのはこういうものだという固定観念が抜けないのね)、そんなこんなで、これまでのキーボードにも不満があったので、店頭で実際に使ってみると、こいつは案外悪くない。少なくとも押さえたつもりのキーが途中でひかかってしまうような感じはないように思う。

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2007/08/21

Creative People

まだβ版だけれど、ソフトバンククリエイティブ株式会社の写真シェアリングサービスが始まったので使ってみた。
名前はCreative People(クリピー)

まずは「クリエイティブピープルとは」というのを読んでみる。

■Creative People(クリピー)とは
Creative Peopleはみんなの作品をネット上で共有し、仲の良い友達や家族とのコミュニケーションや、新しい友達との出会いを楽しむ、クリエイティブライフのためのWebサイトです。
作品の共有は家族や特定の友達に限定をすることも、Creative Peopleにアクセスした全ての人に公開することで、あなたの作品をより多くの人々に見てもらうこともできます。
作品へのコメントのやり取りや様々なテーマグループでのコミュニケーションが、作品作りのヒントや、テクニックの向上にきっとつながるはずです。
あなたやCreative Peopleのメンバーが利用を許可した作品は、条件によりWebサイトや商業目的に利用することが可能です。Creative Peopleを通して新しいビジネスチャンスが生まれるかも知れません。

Screenshot_1

以下、長々と書いてありますが、要はFlickrの日本版といった感じでしょうか。

そもそも、こういうフォト・シェアリング・サービスのサイトは、どんな風な使い勝手にしてみたところで、だいたいにおいて操作性は似たようなものになるのでしょうが、少なくとも表面的な操作性に限って言えば、改善を続けてきた、いまのFlickrの完全なパクリであると言ってよろしい。
したがって、操作性は悪くはありません。

ただし、問題はですねえ、運営側のノリという面。こういうのは、なんとなくユーザーに伝わってくるもんですが、なんかイマイチだなあ、という気がしますね。

たとえば、上の説明の「Creative Peopleを通して新しいビジネスチャンスが生まれるかも知れません」なんてあたりがホンネだぜ、おれたちも仕事だからやってるだけだかんね、もともと写真なんてとくに思い入れなんてねえよ、というような感じが漂っている(ような気がする)。おめえらシロートの写真なんて、別にキョーミねえし、ま、偉い写真家のセンセーをテキトーにかましておきゃなんとかなるだろ、とかさ。(笑)
なんたらジャーナルだの、なんたら出版だのとかいうのが、初めから前面に出て目障りなのも、この「事業」のスタンスが透けて見えるような・・・

Flickrが立ち上がった当初の、運営スタッフもユーザーも巻き込んだ、毎日がお祭り騒ぎのような雰囲気を知っていると、どうしてもそれと比較しちゃうのでしょうか。まあ始まったばかりでまだあんまり利用者がない(ように見える)せいかもしれないけどね。今後、賑やかになるかどうか、ご注目。
とりあえず、「本が好き」というグループをこのなかにつくっていますので、よろしければ、ご利用くださいませ。

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2007/04/24

アクセス解析の表示

ココログの新しい機能で、アクセス解析の情報の一部をサイドバーに表示できるようになった。
「人気記事ランキング」と「検索フレーズランキング」というのをとりあえず入れてみた。
「人気記事ランキング」というのは、名称が大げさだが(これはデフォルトで変更できない)要は、一定の期間内で読まれた記事をそのアクセスの多かった順番に並べたものである。「検索フレーズランキング」の方はどういう検索ワードでわたしのブログに辿り着いたかを並べたもの。
どちらも設定としては昨日分、過去7日分、過去30日分、過去4ヶ月分の4つの中からその解析ができる仕組みなのだが、あまり対象とする期間が長いと、そのランキングは固定化されてあまり大きく変わらない筈なので、どちらも昨日分という設定にしております。ころころ変わる方が面白いからね。
つまり昨日、どの記事がよく読まれたか、どんな検索ワードでここにやって来てくれた人が多いかがこれでわかるわけです。
古い記事がなんらかのトピックによって浮上して読まれているなんてことがわかって結構おもしろいのではないかと思います。

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2007/02/07

獺亭書店開業記

ふと思いついて本屋をはじめることにした。

わたしの家の近所にもあるのだが、住宅地のなかで、いかにも趣味でやっていますという感じの本屋がありますね。ログハウスのような外観、デンマークの家具で内装を整えて、子どもの本を中心に小奇麗な展示、読み聞かせの空間なんかもあったりする。だが、いつ通りかかっても、お客さんがいる様子はあんまりないなんていう本屋さん。
土地持ちのお金持ちが、はじめから趣味と節税を目的にしてやっているのかもしれない。優雅で羨ましいが、もちろん、安サラリーマンのわたしが同じような本屋を始めることはできません。
ということで実際にはじめたのはあくまでバーチャルなブックストアであります。

なんだ、ただのアフィリエイトじゃないですか、紛らわしい、とわかる方には以下の説明も無用ですが、なんのこっちゃ、という方がもしいらっしゃれば、ためしにどんな本屋か見ていただくのが手っ取り早い。
とりあえず右サイドバーから、かわうそ亭の別館の「7)獺亭書店」をクリックしていただくか【ここ】をクリックしてみてください。

これはAmazonの「インスタントストア」というシステムを使ったものですが、自分が本屋になったつもりでいろんなコーナー(このシステムではカテゴリーと呼びます)をつくってそこに本を並べていくわけですね。ここでわりとわたしが面白いなと思ったのは、本の並べ方を簡単に入れ替えることができることです。たとえば、獺亭書店では一番最初に出て来るコーナーを「オールタイムベスト」と名付けたのですが、このコーナーには9冊掛ける6頁の54冊を陳列できます。まあ、わたしの気分では獺亭書店のショーケースのようなつもりですが、この並べかたを、どれを何番目にするという操作がごくラクにできる。今日は、人文系の本を頭の方にもっていってみるかとか、翻訳小説でいこうとか店主のつもりで並び替えてみるのはなんか楽しい。(笑)

開店したばかりの獺亭書店、わたしのイメージでは、阪急三番街のカッパ横町の一角のようなロケーションで、通りに面してショーケースがありまして、店主すなわちわたくしは、無愛想そのものの顔で本を読んでおります。
このブログでとりあげた本、その月に「読んだ本」リストにあげた本だけでは、これはとても本屋の品揃えとしてはお粗末ですから、横着にも読むつもりの本、読めたらいいけどまあ読まないだろうなあ、などという本まで並べるつもりらしいのは、まあ、ご愛嬌と思ってお笑いください。

なおAmazonのアフィリエイトの規定では、この獺亭書店経由で注文されますと、店主には売り上げの3%がくるそうです。実際に注文さえしなければ、いくら本をクリックしてもわたしには1円も来ないので、どうぞご安心(?)のほど。

休日の半日をお店ごっこで遊んだ。(笑)

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2007/01/17

トラックバックのあつかい

拙ブログにおけるトラックバックに対する考え方はとくに変えていませんが、今回ココログのバージョンアップによってトラックバックについて新しい機能が追加されましたので少しだけ運用を変えます。
従来、トラックバックはすぐに反映されていましたが、管理者(つまりわたし)の承認によって公開されるように設定をいたしました。
今後は見るも不愉快なエロサイトだのアフィリエイト馬鹿のTBは、できるだけみなさんのお目にとまらないようにいたします。
ただし、この設定により善意のみなさんからのTBもいったん保留されて、管理者の承認待ちとなりますので、あしからずご了承くださいませ。
報道によれば、アダルトサイトのメールを扱うクソ会社は1社で54億(!)通のメールをたった2ヶ月で送信していたとか。
こういう輩は、たぶん同じような迷惑をだれかが蒙っているであろうところのサウジアラビアなんかに犯人の引き渡しを要求してもらって、そっちに送致し、むこうの刑罰を適用するのがいいのではないかと思うが、どうでしょうねえ。(笑)

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2006/12/26

僕ってナビ

自分用のクリスマスプレゼントに「MAPLUSポータブルナビ」という地図ソフトを買った。
PSP(プレーステーション・ポータブル)をカーナビのようにしてしまうおもちゃであります。専用のGPSレシーバー付きで8,925円。(amazon)
カーナビはさすがに持ち運びはできないが、PSPならポケットに入れて持ち歩ける。
GPSについては、レシーバーの仕様書にこんな説明があります。

GPS(Global Positioning System)は、米国の高精度な航法用衛星を利用した、地球上のどこにいても自分の位置を知ることができるシステムです。GPS衛星は、高度約20,000kmの6つの衛星軌道に合計約30個が配置されていて、地球上のどこからでも常に最低3個の衛星が補足できるようになっています。(中略)GPS受信機はGPS衛星からの電波を受信しています。衛星の軌道情報と電波の伝播時間のデータから自分の位置を計算することを「測位」と呼びます。測位には3〜4個のGPS衛星が補足されている必要があります。

もちろん、もともとは軍事技術だが、カーナビで一般化して、いまでは携帯電話にもなっているのはご承知の通り。えらい時代であります。(もっとも軍事用の誤差十数センチの高精度なGPS電波は暗号がかかっているので民生用の機器では受信できないそうであります)

2006_1226 使い方はいたって簡単で、レシーバーを装着して、地図ソフトを起動すると、自動的にGPS電波を受信しはじめ、数分でそこの場所の2万5千分の1地図と自分の現在地ポインタが表示される。あとは画面を見ながらナビ風に歩くもよし、現在地を確認してから適当に町中を彷徨し、わざと自分から迷子になって、ふたたび、GPSでいったいいまどこにいるのかを知るもよし、であります。
もちろん、現在地と目的地を入力してルートをさがし、道案内をさせるというのがナビシステムの本来の姿ですが(もちろんそういう使い方もできる)、まあ、クルマを運転するのでもなければ、ぶらぶら歩くときにナビを必要とすることはまずないし、しばらく歩きながら、「おお、ちゃんと追尾しとるがな」と面白がるのも、傍目にはバカ丸出しで恥ずかしいので、歩く時の使い方は、ときどきスリープから立ち上げて、現在地を知るなんてところでしょうか。

なお、その場所の状況にもよるのでしょうが、わたしの場合は屋外の開けた場所で衛星電波を補足させると、一番はじめの受信が3分ばかり、その後のスリープから立ち上げて、最受信させる場合は、瞬時とはいきませんが、数十秒で現在地を修正してくれるようです。ナビモードで画面を見ながら歩けば、ほぼリアルタムできちんと追尾してくれました。
精度については、仕様書ではプラスマイナス5メートルとなっていますが、これは場所によってかなりばらつきがある。ほとんどずれのないこともあるし、たとえば橋をわたったのにまだ対岸にいるようにポインタが指している場合もあります。まあ戦場で使うわけではないので、この程度の精度で十分に遊べるといえば遊べますね。
ただし、電波の受信は屋根があるところではほとんど駄目で、駅のプラットフォームや外が見渡せるビルの一階のカフェなんかでも補足できませんでした。
実用のカーナビとして使うつもりであれば、たぶん不満が出るでしょうから、あくまでおもちゃとしての使い方を考えるのが正解じゃないかなあ。
海賊の宝探しゲームとかさ。(笑)

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2006/10/26

Flickr 最近のFavorites

ひさしぶりに、Flickrの「お気に入り」写真など。
なんということなく秋の景色をクリッピングしていることが多いようだ。直近の25枚をモザイクにしてみた。

2006_1026

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2006/06/07

olympus e-330

デジタル一眼が欲しくなって、ここ二週間ほど、カタログを集めて、ああでもないこうでもないと、各社のスペックを比較検討していたのだが、こういう買い物がたいていそうであるように、結局は、店頭で「えいやっ」と決めてしまった。
買ったのはオリンパスのE-330である。
E330_01
衝動買いに近いようなものの、選択には多少理由もある。

同じように、いまデジタル一眼の購入を検討中の方もいらっしゃるかもしれないので、参考までに自分なりの判断理由と、実際の使用感を書いておきます。
選んだ理由は、結局ふたつ。

ひとつはこの機種だけにしかないライブビュー機能。
もうひとつはオリンパス製のデジタル一眼にしか搭載されていないダストリダクション機能。

まずライブビュー機能について。
デジタル一眼は、レンズ一体型のコンパクト・タイプとは撮影の方法が異なる。
コンパクト・タイプのデジカメの場合、撮影はカメラを顔から離して背面の液晶画面を見ながら構図を決めてシャッターを切るのがふつうであります。これに対してデジタル一眼はかつての一眼レフカメラと同じようにあくまでファインダーを覗きながらシャッターを切るようになっている。構造上の仕組みで、もともと液晶画面でフレームやフォーカシングを確認してから撮影するというようにつくられていないのでありますね。液晶画面は撮った直後の確認用です。
これが本機E-330の場合は、デジタル一眼でありながら、コンパクト・デジカメと同じように液晶を見ながらシャッターを押すこともできるようになっていて、これを同社ではライブビュー機能と呼んでおります。もちろん、こういう撮り方もできるということでありまして、本機でもふつうは液晶を使わずファインダーで撮影する方が一般的です。
わたしの場合は、用途のひとつとして粘土工房の作品撮影があるので、どっちにしても三脚でカメラを固定し、ゆっくり画像をチェックしながら撮影するのが便利なので、この機能はたいへん魅力的であった。この方式だと事前に画像を10倍拡大して狙った部分の焦点合わせもできたりして、マクロ撮影などには威力を発揮する。(と、カタログには書いてある)
実際の使用感をいうと、うーん、やっぱり、ファインダーでばんばん撮っていくことで十分かなあ、という感じである。ただ、このあたりはもう少し、このカメラの性能やクセに慣れて行くとやはり結構便利じゃん、となるかもしれない。

もうひとつの理由であるダストリダクション機能は、一眼レフの宿命として埃がカメラ内に入る可能性が高いのだが(レンズ交換時など)、この埃が撮像センサーに付着すると写真にゴミが出てしまうらしい。これを避けるために他のメーカーのカメラだと、埃を除去するメンテナンスをサービスセンターなどに依頼したなんて話題を目にしたが、オリンパスはカメラの起動時に超音波の振動波でこのゴミを振り落とす仕様となっている。メンテナンスは一切不要である。(と、カタログに書いてある)
ただし、ふつうのユーザーが写真にゴミが出るようになってサービスセンターに持ち込むなんてのは、かなりのヘビー・ユーザーの場合なんじゃないかなあ、という気はするので、これまたどっちかといえば、気分の問題といったところだろうか。

実際にいろんなものをデジタル一眼で撮ってみてあらためて思うのは、変な話なんだがいままで使っていたコンパクト・デジカメ(わたしの場合はコニカミノルタDimage X21)というのはじつによくできていたなあ、ということである。コンパクト・デジカメは、その機種のテイストがあらかじめ出来上がっていて、写せばそれなりのものがさして苦労もなしに出来上がる。
これに対してデジタル一眼の場合は、「自分の写真」ができるまで、ちょっと試行錯誤が必要のようだ。まあ、それが楽しいといえばいえるのだと思う。

写真は萬葉植物園、今日E-330で撮ったもの。

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2006/05/05

Flickr マイ・ベスト

Flickrの「お気に入り」の写真が450枚ほどになった。
誰が撮った写真なのか、どんな状況でできた写真なのか、そんなことはまったくわからない。(あ、わかっているのも多少はあるけど)
ただ、偶然に出会った写真が気に入ったら「お気に入り」ボタンを押す。そんな風にしてストックが勝手に出来て行く。

この自分専用のお気に入り写真集「Your favorites from around Flickr」というのは、それ自体見ていて楽しいものだが、(たとえばわたしのは 【ここ】)なんとなく惹かれてしまうイメージがどういうものなのか、一種のパターンが見えてくるような気もする。逆にそれをあえて外れようと、違ったイメージのものを集めてみたりもするのだけれど。
ただ、この写真集の欠点は、自分で編集ができないことで、なんだかなあ、という写真もあったり、並び方がどうも気に入らないという場合も結構ある。そこで、ふと、自分のお気に入り写真集ベストというのをつくればいいじゃないか、と気づいた。
使ったのは、モザイク・メーカーというflickrの周辺ツール。このソフトに興味のある方は、こちらを参照ください。【ここ】

450枚から25枚をセレクトしてみた。いろいろやってみたが、なかなかこれだという具合にはいかない。俳句でも選句はむつかしいものだが、こういうのも一種の訓練かもしれない。(笑)

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2006/03/29

ココログに苦情

気がついたら、サイドバーの下に、「ココログからのお知らせ」なる項目が、勝手についております。「なんたら日記がスタートしました!」とか、無料のサービスでもないのに、特定企業の宣伝の片棒をなんで利用者がかつがなきゃならん義務があるのか、不愉快きわまりない。デザイン設定画面でも外すことのできない仕様のようであります。某社に恨みは別にないが、勝手なことをされては困る。

伊藤園のお茶は個人的にしばらく不買運動ですな。

<追記>
デザイン編集の画面でサイドバーの項目から「ココログのロゴ」のチェックを外せば、ロゴマークと一緒に、とりあえず今回のお知らせは消せますね。別にココログのロゴは、表示していてもかまわないのだが、勝手な「お知らせまで」来訪してくれた人への情報として表示する必要はないので、全部取っちゃうことにしました。あー、メンドクサイ。

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2006/03/14

サイト内検索その他

サイドバーの下のほうにある獺亭的日常の中に、検索窓を設置しました。

小田島隆さんの「偉愚庵亭憮録」に参照元としてあがっていた「いかんともしがたい」さんの2003年12月8日の条にソースがあります。【ここ】これをそのまま使わせていただきました。どうもありがとうございました。

なお、このソースの作者はfacet-diversさんとのこと。
この方のブログを拝見すると、痒いところに手が届くようなやりかたで、ココログのカスタマイズをなさっているようですね。ココログ・ユーザーには、「へえ」と驚くようなつくりになっています。ゆっくり拝見して参考にしたいと思います。【ここ】

ところで、ブログのサイドバーに設置された検索窓というのは、普通、あまり使う必要がないものだと思います。わたし自身も、なにか調べようとする場合は、当然、ブラウザー(たいていはFirefoxですが)の検索窓を使いますから。
ただし、滅多にないのですが、自分のブログ内だけを検索するということになると、このサイト内検索は結構便利です。
たとえば、これまで拙ブログにコメントを寄せてくださったみなさんは、この「サイト内検索」のラジオボタンを「かわうそ亭」内検索にして、ご自分のハンドル名を入力してみてくださいませ。たぶん、お寄せいただいたコメントが検索結果に出てくると思います。

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2006/01/31

言論の自由と白髪抜き

基本的人権と安全との間のどのあたりに線を引くかという問題は、なし崩しに安全の側に傾きがちだ、と前回書いた。
しかも、こういう議論になると、いつも出てくるのが、わたしは別に悪いことしてるわけじゃないから、監視カメラも気にならないし、仮に携帯の通話を聞かれたってかまわない、という意見であります。nsa
また『チャター』という本にもあるが、たとえばNSA(National Security Agency)なんかがやっている全情報認知というレベルになると、これはもう三十分ごとに百万件くらいのデータをスキャンするというのですね。(ホンマかね)そのなかで電子フィルターで識別されるのは六千五百件ほど。その六千五百のほとんどは、機関の言う「要転送」ではないので、そこで千件を残してあとは捨てられる。そしてその千件のなかに分析を要する情報がひとつあるかどうかというような世界であるらしい。つまりどう考えても、一般市民の携帯の通話やら、eメールはたしかにスキャンはされるだろうけど、一瞬で捨てられる筈である、ト。つまり、そういう電子的なフィルターに、自分の通話やeメールや、それからクレジット・カード決済なんかかけられることで、プライヴァシーが侵されるなんて心配するのはパラノイドだよ。だれもあんたのしょうもない隠し事なんかに興味は持たないってば、というわけであります。
ま、そうかも知れない。

ところで、話はかわるが、先日ご紹介した「はてなのブクマ」には、タグという機能がついていて、それを使うかどうかは、ユーザーの自由なんですが、使うと面白いので多くのユーザーがこれをオンにしておられる。(わたしも使っております)
このタグは、自分が興味をもってブックマークした記事などに、自由にキーワードをつけて行くという仕掛けです。そうして、自分がいったいどういうタグをつけていったのかが表示されるのですが、実際に見ていただければわかるように、大きさが段階的に変化して、よく使用するタグほど大きく表示されます。事実はどうあれ、その人のこれまでの興味関心がどういうものであったかが、一目瞭然という感じで表される。そうかオレってこういうものに関心があったのか、と根が素直なわたしなどは、あらためて感心したりするが、もしかして多くのユーザーは、このタグ欄からなんとなく見えてくる一種のプロファイルと、従来の自己イメージとが微妙に食い違っていることに違和感を覚えるのではないかという気もする。
で、こういう自分のプロファイル(自己イメージとは違うが、もしかしたら客観的にはより正確な)をせっせと自分で創出して、わざわざお知らせしているというのは、しかし、考えてみれば気楽な話ではあるよなあ。(笑)

たかだか60年前までは、我が国は国家による検閲と監視が当然のとこととされていた。憲兵やら特高やら治安維持法をつねに念頭において本心を不用意に表に出さないのが大人の知恵であった。人権無視の強力な思想統制と検閲による統治は、いまの中国や北朝鮮を軽蔑するときの日本人の拠り所だが、なにあれはもともとこっちが本家なのである。
わたし自身は、いまの日本がすぐにでも戦前のような思想統制をするだろうとは思わないが、たとえば政権交代の可能性があるときなどに、選挙協力の見返りに、政権の座にある人間が巨大政党の母体である宗教団体などに、なにかのリストやら、あるいはその団体の批判派を黙らせるネタをわたすことはある(あるいはあった)だろうな、と思う。

基本的人権と安全との間のどこに線を引くか、やはりどんなささやかなプライヴァシーであっても、安全のためにという理由で、それを気楽に明け渡さないほうがいいんじゃなかろうか。
そのための方法論。白髪抜きの法則。
知り合いの話(わたしではない)です。白髪が目立つようになったその方は、はじめは自分で抜いていたのですが、鏡で見えないところが気になるので、子供を呼んで、一本なにがしかで抜いてくれと言っていた。ところが、ある日、子供がこう叫んだのだそうです。
「お父さん、もうだめ、これ以上抜いていたら、禿げちゃう!」
権力者に目障りな言論は、きりがないほどあるのがよろしい。言論の自由は、自由な言論によってこそ守られる。

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2006/01/27

「はてブ」であなたもスパイマスター

「はてなのブクマ」について書こうと思うのだが、どうもうまく考えがまとまらない。
たぶん、自分自身の足元が定まらないからだろう。
実際には面白くてハマってしまっているのだが、これは不毛だなあ、という思いも消えないのだ。まあ、ハマってしまうものというのは、もともとそんなものかも知れない。

「はてなのブクマ」を使っておられない方は、例としてわたしのものを見ていただければと思います。【獺亭のウェブ付箋】

これ、どんな風に使うかというと、ウェブ上で何か面白い情報を見つけたら、とりあえずなんでもいいからボタンを押してこの「はてなのブクマ」に放り込んでいくのですね。なんだそれなら、自分のパソコンのブラウザーにブックマークがあるじゃん、そんなこと前からやってるよ、と思われるかもしれないが、このサービスのミソは、自分がこつこつ情報を集めるということ以外にも、ウェブ上にみんなのブックマークが公開されているので、他の人が面白いと思って集めた情報を、らくらく頂戴できるという仕組みにあります。まあ言えば、情報のピンはねみたいなものか。むしろ、こちらの方が主流だと思えば間違いがない。(各人のブックマークを共有するのでこれをソーシャル・ブックマークと呼ぶ)

はてなの場合はこれが簡単にできることに加えて、規模が大きいことで、個人が行うウェブ上の情報収集が劇的に変化します。大げさに言えば、量が「質」に転化する瞬間を目撃したような気分を味わえるのですね。(これが面白いと感じる最大の理由だと思う)

この「はてなのブクマ」は、たとえて言えば、自分が諜報組織のスパイマスターあるいは情報分析官になったようなものだと言うとわかりやすいかも知れない。重要なことは、あなた自身が現場で(つまりネットサーフィンして)情報を集めることではなくて、どのエージェントが使える奴なのかを知っておくことなんですね。
「はてなのブクマ」では、「お、この人、面白い情報を集めてるぞ」というのを見つけたら、その人のタイトルの横にあるドアのアイコンを押してやると、その人が毎日せっせと集めている情報が、あっという間に全部取り込める仕掛けになっています。
はてなでは、これを「お気に入りユーザー」と呼ぶのですが、自分の好きなようにお気に入りユーザーに入れたり、外したりできるのですね。つまり、さきほどのスパイのたとえで言えば、好きなようにエージェントを雇い入れたり、クビにしたりできるのであります。

ところがだ、よく考えて見ればわかるけれど、このスパイマスターとヒラのエージェントの関係は、たまたまわたしから見たら、あたかもわたしがスパイマスターでいろんなエージェントを配下にして情報収集をしているような形ですが、それぞれのエージェントのみなさんも同じように、だれかをエージェントにして情報収集を行っているスパイマスターなのであります。つまり、鳥瞰図でみると、ほとんど全員がだれかを使って情報収集をしている諜報網という構図になる。これは典型的なネットワーク型の組織ですよね。でも、主観的には、あくまでわたしがトップなんですな。この錯覚(スパイマスターになって有能なスパイが集めてくる情報を最終的に分析し評価してる)が滑稽なんだけど、なんか楽しいのね。

しかし、実際にこのお気に入りユーザーに数人のヘビー級の情報収集家(一日数万件のアクセスがあるようなブログをアルファー・ブログなんて言い方をしますが、はてなのブクマの世界でもアルファー・クリッパーと呼ばれる大物が何人もいらっしゃるらしい(笑))を選ぶと、とんでもない量の情報が押し寄せることになります。まあ、自分のパソコンの中に来るのではなくて、あくまでも「はてな」のサーバーの中に溜まるだけですから、鷹揚に、わたしは上澄みだけをいただくわ、と言いながらつまみ食いをすればよろしいのですが、いささかうんざりするのも事実であります。
また、そこに集まる情報というのも、結局はお互いの「スパイマスター」ごっこですから、大半の情報もループになってしまっているし、とくにブログの記事というのは自己言及型のものが多いので、情報も偏ったものになっている。結局、ほんとうに面白いネタはどこにあんねん!ということになるのでありますね。

ということで、状況はごっこならぬ本物の諜報組織の悩みに近くなる。

これは非常に単純な原理であって、情報を集めれば集めるほど、集めた情報に意味を見いだすのが難しくなるということである。一九九九年の七月に、上院情報監視委員会の民主党側の上席委員を務めていたボブ・ケリーは、上院本会議のスピーチで、「問題は干草の山の中から一本の針を探すことが難しいのではなく、その干し草の山がどんどん大きくなって探す作業が困難になっていること」だと言っている。
『チャター』パトリック・ラーデン・キーフ/冷泉彰彦訳(日本放送出版協会/2005)

この『チャター』は副題を「全世界盗聴網が監視するテロと日常」という、なかなか興味深い本です。この本の知見と、「はてなのブクマ」をめぐって、もう少し話を続けようと思っています。
――ということでこの項、続く。

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2005/12/29

2005年

2005年の拙ブログの実態をとりまとめておきます。
まずカテゴリー別に何本の記事を書いたか。

(1)書評       26
(2)本の頁から    55
(3)俳句       19
(4)短歌       12
(5)国際・政治・経済 15
(6)サイエンス     5
(7)映画・テレビ   18
(8)コンピュータ   11
(9)その他      36
TBポリシー他     2

        計 199

これらの記事に対して頂いたコメントは管理人のものもふくめて394。
トラックバックは71。
dog_2006
我ながら結構マメに書いていたんだな、と思いました。
これもひとえに、ご来訪いただいたみなさまのお陰であります。
本年の御礼を申上げ、来年もまたよろしくと御願い上げ奉ります。

1週間ばかり完全にオフラインになります。
どうぞ、みなさま、よいお年をお迎えください。

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2005/12/04

遊びをせんとや

解説はとくにしません。最近、ときどきあそんでいます。このなんともユルい感じが心地よい。
まだご存じない方は適当にはまってください。とろぴぃ、というCGI。
(ここ)

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「正しい」TBは正しいのかね

ココログ・フリーの発表にタイミングを合わせたような、ココログに対するサイバー攻撃については、まあ、偶然なんでしょ、ということでパスするが、@ニフティにはTBスパムへの対策を早急に行い、利用者(ブログライターもその読者も含めて)が不快な思いをすることのないように全力をあげていただきたい。

さて今回の騒動がきっかけで、トラックバック(TB)に対するユーザーの考えや対応がいろいろ表明されているようだ。
いろんな考え方があっていいし、それぞれが自分の方針で対応すればいいことだ──と言ってしまえばそれまでなので、ひとつだけ違和感を覚えたことを書いておきたい。

それは、TBの「正しい」使い方は「引用通知」である、というもっともらしい解説だ。つまりトラックバックを送る場合は、自分の記事の中に相手へのリンクがあるか、相手の記事への言及があるかが基本的に必要だという考え方だ。わたしはあなたの記事を読んで、こんな記事を書きましたよ、というのがTBの「正しい」使い方で、単に似たようなテーマの記事を書きましたので読んで下さいね、というようなTBは好ましくないというのがこの意見の人たちの立場らしい。

だが、わたしはこの意見に与しない。

気持は分からないでもない。
わたしにも覚えがないわけではない。いい本を読んだなと思って自分のブログに感想を書く。その感想にTBをもらったので、リンクを辿って相手のブログに行ってみたら、ただのアフィリエイト馬鹿が、(ここからアマゾンに注文して下さいねと)その本を単に陳列しているだけだったりすれば、そりゃ、まあがっかりするわな。(笑)

しかし、相手の記事のなかに自分への言及がないことがそんなに問題なんだろうか。
わたしは、同じ本を読んだ人、同じ映画を観た人が書いた文章にはとても興味がある。TBを辿って行った先にその人の言葉でなにかが書かれていれば十分に満足だし、TBくれてありがとうと素直に思う。自分の記事への言及はまったく不要だし、むしろない方が照れくさくなくてありがたいと思うね。

トラックバックについては、「絵文録ことのは」さんのエントリーを参考にするのが定番なんじゃないかな。(ここ)
2年も前のエントリーだが、これ以上付け加えることもないし、その後、ここにある考えを超えるようなものもないように思う。

ということで、サイドバーのカテゴリーにTBポリシー他というのを設けて、「かわうそ亭」のTBポリシーを、以下に書いておきます。